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第423話 brand new day(9)

「父さんはともかく、兄貴もそんなに遅いの? 学校って、もう、冬休みだろ?」 「そうだけど、いろいろあるみたい。でも明日からは休みだって。お父さんは明後日かな。だから、今日ね、和樹が帰ってくるから何かごちそうでも作ろうと思ったんだけど、そんなに凝ったものはやめたわ。みんな揃った時のほうがいいでしょ?」  涼矢の言っていたように、母親は和樹の帰りを心待ちにしていたようだ。  コーヒーを淹れて、恵の前にカップを置く。恵の斜め前の椅子に和樹は座る。そこが和樹の定位置だからだ。コーヒーを一口飲むと、「ああ、そうだ。」と言って、和樹はバッグから今度は例の化粧品を出した。 「なあに。」 「えーと。ちょっと遅くなったけど、クリスマスプレゼントというか、東京土産というか。」 「本当? だってこれ。」恵は化粧品のブランドロゴのついた紙袋で、既に中身が推測できているようだ。中のクリスマスコフレを手にすると、目の高さまで恭しく掲げて、「このポーチも可愛くて素敵ね。」と言った。それから、更にその中にあるクリーム類をひとつひとつ丁寧に見た。「あら、まあ、いいわあ。」と呟いて、ふと顔を上げると「ありがとう、でも、高かったでしょう?」と言った。  恵のほうが化粧品の値段には詳しいのだろうから、誤魔化しても仕方がない。そう思って、和樹は正直に「だから他のお土産は……親父や兄貴の分は、これと言ってないんだ。」と伝えた。 「期待もしてないわよ、大丈夫。私はもらっちゃった、って自慢するけどね。」恵はそう言って笑った。我が母親ながら、こんな時には少し可愛らしく感じる。 「チョコ、食べていい?」そう言って、和樹はクラッシュアーモンドが乗ったプラリネをひとつ頬張った。  その様子を見ながら、恵も一粒口に入れた。「和樹がいないと、太っちゃうわあ。」と言う。 「なんでさ。」 「家事の手間が減って、時間ができたでしょう。つい間食が増えちゃって。ごはんは作り過ぎちゃうし。今宏樹がお弁当だから、それに詰めたりもするけど、それでも余ると勿体ないから、結局自分で食べることになるのよね。」 「そう言えば父さんはお弁当じゃなかったよね、昔から。」 「そうね、外回りが多いから。あなたは、少しは自分で料理してるの?」 「たまにだけどね。カレーとかチャーハンとか。」 「野菜も食べてる? 言えば送るわよ。お米とかうどんとかも。」 「食べてるよ。」和樹は苦笑する。 「そう?」  そんな他愛もない話や、大学の話を少しした。  その日の夕食も恵と2人きりだったが、「凝ったものはやめた」と言う割には、和樹の好物が並んだ。 「すごいね。から揚げとハンバーグが並んでる。」 「和樹が何食べたいのかなと思って作っていたら、切りがなくて。」そう言っている矢先に、ポテトサラダと茄子の揚げ浸しと鶏肉の治部煮が出てくる。「あ、茶碗蒸し、食べる? 作ろうか?」 「いい、いい。そんなに食えないって。」  最後に玉ねぎと油揚げの味噌汁が出てきた。これも和樹が好きな味噌汁だ。 「そういえばこの玉ねぎのお味噌汁ね、田崎くんが気に入ってくれてたわ。」 「え。」突然母親の口から出てきた涼矢の名前に驚く。 「手巻き寿司食べに来てくれた時。」 「へ、へえ。」 「昨日は田崎くんちに集まったんでしょ?」 「うん。」 「水泳部の集まり?」 「あ、いや、クラスの、かな。柳瀬って奴がいて、涼矢と幼馴染みで、仲良いから。」 「そう。あまりご迷惑かけないようにしなさいね。」  冷や汗が出る思いをしたものの、特に怪しまれているわけではないと分かり、ホッとする和樹だった。  宏樹と父親の隆志は、前後して23時頃に帰宅してきた。 「よう、元気だったか。」と宏樹が言った。 「うん。」  その頃、スーツからパジャマに着替えていた隆志は、その会話を聞いていなくて、「元気にしてたか。」と同じ質問を繰り返した。  だが、それを指摘することもなく、「うん。」と和樹は答えた。 「昨日のうちに帰って来てたんだってな。」と隆志が言った。 「ああ、うん。」 「友達だかなんだか知らんが、たまの帰省ぐらい、まっすぐ帰るもんだぞ。」 「まあ、そうなんだけど。ちょうど昨日、高校ん時の友達が集まるって聞いたから。流れで、そのまま雑魚寝して。」いざという時のために考えておいた言い訳を口にした。 「そういうのが楽しいんだよな。」と宏樹が口添えしてくれた。おそらくそれが嘘であることは見抜いているはずだ。そのおかげで親からはそれ以上追及されることもなかった。  2人の帰宅が遅かったので、この日は大して話もせずに自室に引っ込んだ。部屋は季節外れの家電などが運び込まれて多少狭くなっているけれど、寝る分は問題ない。ベッドの中から涼矢に電話が欲しいとメッセージを送る。それより前に柳瀬からのグループメッセージが来ていて、集まりが30日であることは分かっていた。  間もなく涼矢から電話が掛かってくる。

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