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第429話 brand new day(15)
涼矢は和樹から視線を外して天井を見る。和樹も同じことをしている気配が、つなげた手から伝わってくる。
和樹は、やっぱり、すげえな。と、涼矢は思う。カレー屋の店員が食べ進めない俺を不安そうに見ていること。親子連れが後ろに並んでいたこと。その子たちに障害があること。俺は気づかず、和樹だけが気づいた。単に俺から見えなかったからという理由だけじゃない。きっと、和樹が俺の位置にいたって、こいつは気づく。そういう奴だ。和樹は俺よりずっと広い視野を持ってる。だから人付き合いもうまいし、困った人を見つけるのも早いし、手を差し伸べるのも躊躇わない。俺にだけ集中してほしいし、俺にだけ優しくしてほしいと思う時もあるけど、というかそんな時ばかりだけど、俺しか見ない和樹を、俺はきっと好きになれない。
そんなことを考えていると、プラネタリウムの内容などちっとも耳に入らないまま、気が付けば前半のプログラムである「冬の星座」の解説は終わってしまっていて、その次の、紹介された星座にまつわる神話のアニメーションが流れ始めていた。
その時、かすかだが寝息のようなものが聞こえて、涼矢はハッとして隣を見た。やはり発信者は和樹だ。握った手にぎゅっと力を入れてみるが、それぐらいのことでは起きそうにない。涼矢は手を握ったまま、自分の肩で、和樹の二の腕あたりをごりごりと押した。和樹はパッと目を開けた。だが、しばらくするとまたウトウトしだす。何度か同じことをしているうちに、プラネタリウムは終わってしまった。
和樹、と声をかけようとした時に目が開いた。「やっべ、寝ちった。」
「疲れてるんじゃないの?」
「そんなことないけどなあ。昨日もばっちり眠ったし。暗くて、静かな音楽流れてるからα波出ちゃうんだな。」
「ばっちり寝たんだ? 俺のことを思って眠れない夜を過ごしたのかと思ったのに。」
「あ、そうだったそうだった。一睡もしてなかった。」
そんな軽口を叩き合いながら、プラネタリウムの外に出た。
「マンモス、見る?」和樹が言ってるのは、科学館の常設展示品である、マンモスの等身大模型のことだ。前回来た時と展示物は変わらない。
「うん。」
「好きなの? そういうの。ああ、フィギュア好きだもんな。」
「プラモな。しかも中学生の時の話。」
「似たようなもんだろ。」
「どこがだよ。マンモスの模型だって全然違うし。」そう言っているうちに、その模型の前に着く。「俺はどっちかというと、こういう、外見まで再現したやつじゃなくて、骨格標本が好きなんだけどね。恐竜とかでもさ。」
「人間も?」和樹が茶々を入れた。
「うん、そう。」涼矢はマンモスを見上げて、動じずに答えた。このマンモスは体毛まで再現されている。
「趣味悪ぃ。」
「そうかな。」
「気持ち悪くない? あ、でも骸骨より、筋肉組織や血管が見えるような、あの手の模型のほうが嫌だな、俺。ああいうのも平気?」
「平気。」
「グロいのが好き?」
「んー、割と平気だけど、そういうのが好きなわけじゃない。」
2人はまた歩き出す。地球内部の様子についてのコーナーに変わる。それでも話題を変えずに、和樹が続けた。「俺、ドラマの手術シーンでもダメ。」
「全然平気。」
「悪趣味。」
「そうかな? そしたら医者ってみんな悪趣味になるけど。」
「それは、仕事だもん。」
「そういうの、骸骨とか標本とかね、ああいうの見ると、誰のだって大差ないじゃない?」
「まあ、そりゃそうだな。」
「だから好き。骨や筋肉に名前が書いてあるわけじゃないし、美人か不細工かなんて分からない。性格なんてもっと分からない。」涼矢は立ち止まり、展示されている鉱石標本から、和樹のほうに視線を移動させた。「その人が男が好きなのか、女が好きなのかも分からない。薄皮1枚剥がすだけで、人間なんてみんな同じって、良く分かる。」
「だから好き?」
「そう。」涼矢は再び歩き出す。和樹がその後をついていく。
「……皮なんか剥がさなくたって、分かるだろ。おまえも俺も大差ない。」和樹が涼矢の斜め後ろからボソリと呟いた。「男が好きとか女が好きとか、そんなの、大差ない。」
涼矢は返事をしなかった。無意識か、歩くスピードが速まった。和樹はそれを追いかけ、引き留めるように涼矢の袖口をつかむ。
「帰ろ。」と言ったのは和樹だった。「他に特別見たいものもないんだろ? だったら、もう、帰ろう?」
「どこに?」涼矢は立ち止まり、振り返りざまにそう言った。
「おまえんち。」
「また?」
「じゃあ、俺んち。」
「お母さん、留守?」
「いるよ。」
「それでもいいの?」
「いいよ、別に。」
「親がいたんじゃ……」その先のことを言おうとして、周りに小さなこどもたちもいることを気にして、やめた。
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