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第431話 brand new day(17)

「なんでそっち座るの。こっち来いよ。」 「身の危険を感じるから。」 「へっ。」和樹は笑い、それからおもむろに立ち上がると、本棚から何やら取り出した。「これ、俺のアルバム。」涼矢の前の机に置いた。 「お、見せて見せて。」 「おまえとは違って、これ1冊に、生まれた時から小学校入学まで入ってるからな。」和樹はそう言いながら涼矢の背後に立ち、涼矢の肩越しに一緒にアルバムを見た。  涼矢は早速最初のページを見た。ふくふくと太った赤ん坊が、レースのおくるみの中にいる写真が真っ先に目に入った。「かっわいい。」と涼矢は声を上げる。 「真ん丸だろ。」 「肉まんみたい。蒸かしたての。」 「これ、兄貴のお古だからさ、ほら、このへんとか、このへんにシミがついてんの。」和樹はおくるみを指差した。その次のページには、その「兄貴」となったばかりの宏樹が、ベビーベッドの脇でにこにこと笑っている写真がある。 「宏樹さんだ。今と全然変わらねえ。」涼矢は吹き出した。 「そうなんだよ。この頃からおっさん顔なのか、今がベビーフェイスなのか。」 「いかにも、弟ができて嬉しいって感じだな。」 「だな。」 「弟がおまえだったら、そりゃ可愛がるよな。俺だって可愛がる。」 「やだな、おまえの可愛がり方って、なんかヤバそう。」 「ヤバいってなんだよ。」 「俺の言うこと聞かないヤツはこうしてやる、とか言って、隙あらばお尻ぺんぺんとか。」 「俺、お尻ぺんぺんされたことない。」 「俺も記憶にはないけどさ、おまえのお尻ぺんぺんは絶対いかがわしい。」 「何それ、期待してるの?」 「誰がするか、バーカ。」 「でもな、やっぱ弟じゃなくてよかった。」 「なんで。こんなに可愛い弟だぞ?」  涼矢は振り返り、和樹を見上げた。「だから困る。近親相姦になっちゃう。」  和樹はその上目遣いにドキリとする。吸い寄せられるように、顔を近づけた。涼矢も目をつぶって、唇を待つ。  そんなタイミングでノックされ、2人は飛び上がるほど驚き、涼矢が座っている椅子が大きな軋み音を立てた。和樹は慌ててドアに寄り、少しだけ開けた隙間から顔をのぞかせた。 「何。」 「涼矢くん、お夕飯、食べていったら?って言おうと思って。」 「え、い、今何時? まだ晩飯の時間じゃないよな。」 「まだ5時過ぎだけど。食べるならお買い物してくるから。」 「あー……。」和樹が部屋の中を振り返る。  和樹が話しかけるより先に、涼矢が「いや、帰るよ。さすがにそれは図々しい。」と言う。  和樹は軽く頷き、恵を見る。「だってさ。……兄貴は?」 「大学のラグビーの友達と会うって、随分早くに出てったわね。お父さんも今日が仕事納めだから、きっと会社の人たちと飲んでくるわ。2人とも帰りは遅いと思うから、いいのよ、遠慮しなくて。」最後の一言は和樹の肩越しに、涼矢に直接語りかけた。「昨日も和樹と2人だけだったの。つまらないから、よかったら食べてって。あっ、お父様がこちらに戻ってらっしゃる?」 「いえ、父は明日だったかな。今日はいないです。」涼矢も恵に直接答えた。 「それなら。」 「あ……じゃあ、はい。」  恵はにっこり笑って、戻っていった。 「いいのかな。」と涼矢が言った。 「いいよ。」  涼矢は再びアルバムに目をやる。よちよち歩きの和樹、旅行先ではしゃぐ和樹。泣いていたり、変顔をしていたりもする。宏樹と2人で映っているパターンが多い。 「可愛い。」と涼矢は改めて言った。 「今と違うだろ。」 「ん。むちむちしてる。」 「このぐらいまでは、ヒロのほうが細いぐらいだった。」 「ヒロ。ああ、宏樹さんね。」 「そう、兄貴。」 「仲良いよね。ほら、小っちゃい頃から。」兄弟2人が頬を寄せ合ってくしゃりと笑っている写真を指差した。 「普通だよ。ケンカも散々したし。でも、兄貴は暴力は振るわなかったな。弱い者いじめはしない。」 「優しいよね。」 「……うん、まあ、そうだね。ヒロはね、優しい。昔から。」 「だから優しいんだ、カズも。」 「カズ?」 「宏樹さん、時々和樹のこと、そう言う。」 「そっか。」 「いいよな、兄弟。」 「ひとりっこもいいよ。おやつ独り占めできるし。」 「そこかよ。」涼矢は笑う。 「じゃあさ、俺、おまえの弟になるよ。いいだろ、弟で、友達で、ライバルで。それと。」 「恋人?」 「そう。お得だね。」 「籍入れたら息子にもなるわけだ。」 「そうだ、それもある。すげえな、俺ら。」  涼矢が和樹を愛しそうに見つめて、和樹はさっきと同じように顔を寄せていく。と、その時。 「和樹、ちょっとお買い物行ってくるわね。」という恵の声が響いた。またも椅子が軋む。 「はーい。」とドア越しにも届く声で答えた。少しの間を置いて、玄関の扉が閉まる音がした。  2人は互いの顔を見合わせ、吹き出した。「タイミング悪っ。」と和樹が言った。 「コントみたいだな。」と涼矢が言った。 「今のうちに。」和樹は三度目の正直で、ようやくキスをした。椅子に座っている涼矢の顔を両手でつかみ、覆いかぶさるようにして。その勢いで涼矢は背もたれに大きくしなだかかることになり、また椅子がギィィ、と軋む。それでも何度もキスを繰り返す。口だけでなく、頬にも、額にも。その度にギィギィと音が響いた。

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