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第433話 brand new day(19)
2冊目のアルバムを出す。こちらは更にダイジェスト版だった。学校で購入するような、遠足や運動会などの学校行事の写真ばかりで、日常のスナップ写真がほとんどないせいだ。そういったものはプリントアウトもされていないのだろう。ページをめくるごとに目に見えて和樹が大きくなっていく。丸顔にマッシュルームカットで、確かにそうスラッとしているようには見えない。途中、やっと素人っぽいスナップ写真が出てきたと思ったら、やけに手の込んだ髪型をしている写真だった。これが以前言っていた「恵の手により、ハーフアップだのソフトリーゼントだのにされていた」時のものだろう。ほかの写真ではにこやかな和樹が、その時だけは、カメラから目線を外し、ニコリともしていないのは、ファッションに合わせたものなのか、照れ隠しでクールを装っているのか。
小学校の6年間はアルバムの半分ほどに収まっていた。中学ともなると、入学式の次は体育祭や林間学校の写真が数枚、それで1年が過ぎて、ほんの数ページで卒業式だ。小学校の時とは打って変わって仏頂面ばかりだが、髪が短くなり、背が伸びて、今の和樹の見た目にぐんと近づく。涼矢は念願の学ラン姿の和樹にしばしうっとりした。
「これ、良く撮れてる。」涼矢が指で示した写真は、いかにも授業を熱心に聞いている生徒然とした和樹だ。シャーペンを手にノートを広げ、その視線の先には板書をする教師でもいるのだろう、といった構図。背景からして教室の中なのは間違いないが、その背景も、隣席の女子生徒もぼやけている。日常の1コマのようでいて、それにしては不自然なほど和樹だけにピントが合っている。
「ああ、これね。アルバム業者のカメラマンがわざわざ撮りに来たやつ。広報誌とかにも使われたみたい。学校のサイトにもしばらく載ってた。」
「だからやけに写りがいいのか。」
「そうそう。修正されてんだよ。ニキビとか消されてるんじゃねえの。」和樹は笑った。
「既にモデルデビューしてたんだ。」
「あっ、だったらギャラもらってないぞ。この写真もらっただけ。」
涼矢も笑い、背後に立つ和樹を振り返って見上げた。中学生の時より顔の輪郭がシャープになっている。写真の学ラン越しでは分かりづらいけれど、肩や胸も今のほうががっしりしていそうだ。でも、その目元や唇は、変わらない。つい、そんな顔のパーツのひとつひとつをじっくりと観察してしまう。
和樹もその涼矢を見つめ返した。「なあ。」
「ん?」
「今ね、キスしたいなって思ったわけ。」
「ああ、うん。キスね、いいんじゃない? なんでしなかったの?」言っている内に、その次に和樹が言うであろう言葉を察して、クスクス笑い出した。
「そのつもりで顔近づけたら、きっとまたこのタイミングで。」
その時だ。玄関のドアが開く音がした。「ただいまぁ。」
2人は笑い転げた。
すぐにドアがノックされて、和樹が返事をする前に、ひょこっと恵が顔を出した。「何よ、随分楽しそうね。」
「はいどうぞ、って言われてから開けてよ。ノックの意味ない。」
「だって笑い声が聞こえたから。」
「夕飯、何?」和樹は笑い声の理由は言わずにそんなことを聞いた。
「ビーフシチュー。」
「今から作るの?」
「それはもうできてる。あと、かぼちゃのサラダでも作ろうかな。何か食べたい物ある?」
「今は何を買物して来たの。」
「あなたたちの飲み物と、フランスパン。それと明日から作るおせちの材料。あ、そうだわ、エビ買って来たから、エビフライ作ろうか?」
「シチューに揚げ物はちょっとくどいかなあ。」昨日のハンバーグと唐揚げの組み合わせも、好物とはいえ、さすがに重かった。
「あらそう? じゃあ、もっと軽いものね。」
「うん。あ、茄子とキノコ以外でね。こいつ、嫌いだから。」
「あらぁ、好き嫌いしたらだめよ。」と、小さい子に諭すような言い方で恵が言った。
「だ、大丈夫です。そんなに好きじゃないってだけで、食べられます。食べます。」涼矢が慌てて言い訳した。
「うふふ。」恵は悪戯っぽく笑うと、キッチンのほうへと向かって行った。ドアを閉めずに行ったので、和樹が閉めた。
「余計なこと言うなよ。」涼矢は口を尖らせた。
「給食じゃあるまいし、嫌いなものわざわざ食うことないだろ。」
「だから、そこまで嫌いじゃないって。」
「はいはい。」和樹はスマホを手に取った。「兄貴に言っておく。部屋のこと。」
「ああ、うん。」和樹がメッセージを入力している間、涼矢はなんとなく部屋を見回した。家電などが運び込まれてスペースは狭くなっているものの、正直、和樹がここにいた時よりもこざっぱりしている。和樹がいなくなった後も、折に触れ恵が掃除をしているのが見て取れた。ただ、天井のロックバンドのポスターは相変わらずだ。そちらに目をやると、眼光鋭いメンバーたちと目が合う気がしてしまう。涼矢は天井からベッドに視線を移動させた。見覚えのあるタオルケットが見えた。前回ここに泊まった時、シーツよりは汚れも皺も目立たないからと。
そんなことを思い出していた時に「OKだって。」という和樹の声がして、涼矢はビクッと身をこわばらせた。
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