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第434話 a pair of earrings (1)

「え?……ああ、宏樹さんの返信?」 「うん。」  ということは、このタオルケットをまた宏樹の部屋に持ち込むことになるのか。涼矢はぼんやりとそんなことを考えていた。  夕食は恵を含めた3人だった。ビーフシチューは恵の得意料理で、和樹の好物でもある。 「あ、ごめんなさい、マッシュルーム、少しだけど入れちゃってたわ。嫌だったら残してね。」皿を置きながら、恵は涼矢にそう言った。 「大丈夫です。」涼矢は苦笑した。ほんのわずかなスライスマッシュルームだ。食べられないことはない。 「んじゃ、ちょうだい。」隣の和樹がフォークを伸ばして、涼矢のシチューから、見える範囲のマッシュルームをフォークに次々刺していった。 「いやだ、お行儀悪い。失礼よ。」 「フォークまだ口つけてない。涼矢もまだ食ってない。セーフ。」 「セーフって。」涼矢は笑ってしまう。 「こんなもんかな。」和樹は涼矢の皿を覗き込んだ。「俺、マッシュルーム結構好き。」そう言って、フォークに幾重にも刺さっているマッシュルームを一口で食べた。 「もう。」恵は呆れた声を出す。それから「兄弟みたいね。もちろん、和樹が弟。」と言った。 「兄貴はヒロだけで充分。」さっきは俺の弟になるよ、なんて言ってたくせに。涼矢はそう思ったが、黙っていた。 「それ、お揃いなのね。」突然そう言い出した恵の視線の先は、和樹の耳だ。とっさに涼矢は自分の耳たぶに触れる。手は止まり、冷や汗が出た。和樹の反応を見たいが、それもぎこちなくなってしまいそうで、そちらを向けないでいた。和樹もすぐの返事をしなかった。恵の視線が涼矢に移る。涼矢は観念したように耳たぶの手を膝に置き、ピアスを恵に晒した。「やっぱり、おんなじ。」恵は交互に2人を見た。  2人してぐるぐると言い訳を考えていた時に、恵が言った。「良いアイディアよね。」 「えっ?」と言ったのは和樹だ。 「イヤリングやピアスってペアになってるじゃない? でも今時の男の子は片耳にしかつけないでしょう? あれって、もう1個はどうするのかなぁって思ってたのよ。男の子ってすぐ物を失くしたり壊したりするから、予備にするのかしらって。でも、そういう風に友達と分けっこしてもいいのね。」 「あー。うん。そう。そうだね。」和樹は曖昧に頷きながら肯定した。「今は最初から片耳用のシングルピアスもあるんだけど、これはね、ペアでしか売ってなくて。だからね、2人で半額ずつ出してさ。な?」 「そう言えば、そうだったな。うん。」涼矢もウンウンと頷いた。 「和樹が巻き込んだんじゃないでしょうね? 自分がピアスしたいからって。」 「巻き込むって、人聞きの悪い。」 「まあね、私も最初はびっくりしたけれど、あなたがそんな耳になって、町なかの若い子たちをよく観察するようになったのよ。そうしてみたら、結構いるのね、男の子でピアスの子。」 「だから、今時、男のピアスなんて全然普通だって言っただろ。」恵が変な勘繰りをしたわけではないと知ると、途端にリラックスした調子で、和樹が言った。  ヒヤリとしたのはそれぐらいで、あとは無難な雑談で食事を終え、2人は和樹の部屋に戻る。 「だめだな。」涼矢が言う。 「何が?」 「これつけてるのが当たり前で、取るの忘れる。」涼矢はピアスのついた耳たぶをつまんだ。 「ああ、さっきのな。」 「これ、別にペアで売ってたんじゃないんだろ?」和樹の言い訳があまりに自然だったので、涼矢も信じかけていた。 「最初から片耳用。」 「だよな。」涼矢はベッドに座る。さっきとは逆に和樹が椅子に座った。「柳瀬たちと会う時には外さないと。」 「柳瀬は知ってる。」 「あいつはね。でも、ほかの奴らは知らないし。さっきみたいに誤魔化せないだろ。」 「みんなにバレても構わないって。」 「言ったけど、わざわざ触れて回る必要もない。」 「そっか。」 「うん。」  2人はしばらく沈黙する。やがて和樹が立ち上がり、タンスを漁りだした。1組のパジャマと、1組のスウェット上下を出す。「どっち着る?」と涼矢に聞いた。 「……スウェット。」 「ほい、じゃ、これ。」和樹は涼矢にスウェットを渡した。「おふくろにおまえが泊まること、言ってくる。」そう言って部屋を出た。  恵は特に驚きもしなかった。宏樹には部屋を交換することを連絡済みであることも伝え、客用の布団を取りに行く。そんなことをしている間に恵は風呂を沸かし、また例のシーツを出して和樹に渡した。「いつもいきなりなんだから。」と、最後に一言だけ小言を言う。和樹は素直にごめん、と言う。「明日は私、忙しいのよ。朝からおせちを作るんだから。それに明が来るかもしれない。」  明は、恵の弟だ。東京で自由気ままな一人暮らしをしている。東京で何かあったら明を頼れと言われていたが、結局そんな機会もないままだった。 「叔父さんが? 年末年始、うちで過ごすの?」 「それが分からないのよ。相変わらずの自由人だから、来るんだか来ないんだかもはっきりしないの。まったく困ったものだわ。」

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