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第438話 a pair of earrings (5)

 和樹は涼矢の首を抱き寄せる。「挿れて、涼矢の。」 「だめって言ってたくせに。」 「うるせ、いいから、口塞いで。」  涼矢は和樹にキスをする。が、いったん離れて、コンドームをつけた。念のため、和樹にも。 「言って。何が欲しいのか。」 「涼矢の。」 「指?」 「違えよ。」和樹は涼矢にしがみつくようにして、言いにくそうに口にした。「涼矢のチンコ、挿れて。」 「ん。」涼矢は満足したように笑い、和樹に口づけて口を塞ぐと、そのまま挿入しはじめた。めいっぱいに足を広げさせての、正常位。だが、和樹にはもう、羞恥に震える余裕はなかった。自分から腰を振り、もっと奥へと(いざな)った。和樹の中を行き来するたびに角度を変えてキスをする。  最後だけ涼矢はキスをやめて身を起こし、絶頂の瞬間を迎えた。自分の中に放出されるのを感じると、和樹もイった。必死で唇を噛んで耐えようとしたが、それでも「くっ。」と声が出た。 「……あぁ、もう。」和樹は後始末を涼矢にさせておきながら、そんな不満気な声を出した。 「何かご不満が?」 「おまえじゃねえよ。自分がだよ。」 「欲望に流される自分が。」使用済みのコンドームをティッシュにくるむ。宏樹の部屋のゴミ箱には捨てられないから、何重にもして、なおかつ、部屋を出る時に回収していくのを忘れないために、わざと目につくところに転がしておく。  そんな涼矢の背中を和樹は寝転がったまま軽く蹴った。「その通りだよ。」 「なんで俺を蹴る。」涼矢は笑う。 「スケベ。変態。エッチ。エロ涼矢。」言いながら、言葉に合わせて、また涼矢を蹴る。 「いてぇよ。」 「少しは我慢しろよ。」 「我慢しただろ。できなかったのはそっち。」涼矢はズボンをずらしただけだったので、今はもう元のスウェット姿だ。寝転がる和樹は下半身だけが裸だ。その和樹に下着とパジャマの下を穿かせてやる。和樹は1人では着替えられない幼児のごとくに、されるがままだ。そして涼矢はその作業が満更でもないらしい。 「声はかなり我慢した。」  仕事を終えた涼矢は今度こそ電気を消して、再び和樹の隣に寝転がる。「可愛いのに、和樹のアノ時の声。我慢しなくていいのに。」 「馬鹿、出せるかよ。時と場合を考えろ。」 「考えたことのほうが少ないだろ? 俺んちでも、東京のあの壁薄そうな部屋でも、車ん中でも、アンアン言ってるじゃない?」  和樹は布団の中で涼矢の腹を殴った。そんな体勢だから大した威力はない。「てめ、殴るぞ。」 「殴ってから言わないでくれるかな。さっきから殴る蹴るして、なんなの。暴行罪で訴えるよ。」 「俺が暴行罪なら、おまえはゴーカンだゴーカン。」 「冗談でも、そういう、最低最悪の罪をなすりつけるのはやめてくれ。」怒ってはいないが本気寄りの口調で涼矢が言ったので、和樹はごめん、と小さく呟いた。 「でもさ。」と続けて和樹が言う。「俺が流されやすいの分かってて、ああいう風に煽るの、ずりぃ。」  涼矢は小さく吹き出して、和樹の頭をくしゃくしゃと撫でた。「可愛いなぁ、和樹さんは。」 「バ」バカにするなと言いかけた時に、玄関のドアが開く音が聞こえた。2人は無意識に体を緊張させ、息をひそめるように黙りこんだ。靴を脱ぐ音がする。その後に聞こえてきた足音は部屋の前を通り過ぎて、トイレへ。トイレから水を流す音が聞こえたかと思うと、キッチンへ。その先はもう何の音も響いてこなくなった。宏樹なら、斜め向かいの和樹の部屋に向かうだろうから、キッチンで水の一杯も飲んだとしても、再び廊下を戻ってくる物音がするはずだ。だが、しばらく待ってもそういった気配はなかった。 「親父だな。」と和樹が言った。 「第一関門、突破。」涼矢は布団に潜り込み、和樹の胸に顔を押し付けた。 「な、何すんっ。」 「触るだけのイチャイチャの続き。」 「まだやんの。」 「違うの? 宏樹さんも帰ってきたら、またやるんだろ? ゴムまだあるし。」 「嘘ぉ。」 「したくないならいいよ。強姦罪なんて言われたくない。合意の上でしかしません、俺は。」 「そういうとこ。おまえの、そういうところだよね、なんかね、良くないと思う。」 「だってそうだろ? 俺は無理やりしたことなんかないよ? さっきも、挿れてって言われて、それで。」 「もういいから。」和樹は涼矢の唇をつまむ。こんなことをこの間は自分がされたような覚えがある。いつだっけ、と、思い出すより先に、和樹の手を振り払った涼矢に強引にキスをされて、思い出そうとするのをやめた。 ――こんなキスは無理やりしたとは言わないのかな。こいつって結構力で押さえつけるよな。しまいにゃ縛るし。それでよく無理やりしたことないとか言えるよな。  頭のどこかでそんなことを考えるが、舌を絡め合っているうちに、次第にボーッとしてくる。 ――でも、気持ちいんだよな。こいつの唇も。舌も。指も。アレも。  和樹は涼矢を抱きしめる。体をぴったりと密着させる。パジャマとスウェット、2人の間にある、そのたった2枚の布が煩わしい。

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