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第441話 a pair of earrings (8)

「セックスしっぱなしの虫なんか嫌だってば。」和樹は手の甲で涼矢の頬を撫でる。「今みたいなのがいいよ。いろんな人に会って、その中から、おまえを選んで、好きんなって、たまにセックスするのが。」 「たまに? 今、2回目だし、昨日も。」 「うるさいな、それは今は、たまたま毎日会えるからで。年間で考えたら、そんなに多くないだろ。平均したら、たまにだろ。」  涼矢は不満気に唇をつきだし、横向きだった体を仰向けにした。「たまのセックスがいいのか。」 「は? 何言ってんだよ。」 「今はたまたまなのか。じゃあ、一緒に暮らせるようになったからって、毎日ヤレるわけじゃないのか。たまぁにするセックスがいいんだもんなぁ、和樹さんは。」 「毎日したいんですか、涼矢くんは。」 「当たり前じゃないですか。」 「最初の内だけでしょ。そういうの、盛り上がるのは。」 「夢のないこと言う。」 「夢って。」和樹は笑う。「寄生虫になりたいなんていうほうが、よっぽど夢がない。」 「寄生虫になりたいんじゃない、ずっと一緒にいられるなんていいな、って言ったの。」 「あ、ねぇ。」和樹は少し身を乗り出した。涼矢は横目で和樹を見る。「俺は実家に帰省中。涼矢はコイの寄生虫。どう、これ。」 「どうって。やっぱおまえ、俺といるとダジャレ考えてんじゃねえか。」 「あれ、ホントだ。」 「こっち来て。」涼矢はまた姿勢を横向きにして、和樹に手を伸ばす。和樹が涼矢に寄り添うと、その肩に両腕をからめて、ぎゅうと抱きしめた。「一生セックスしたまんまが無理なら、一晩ぐらい、くっついててもいいよな?」 「別に、一晩と言わず。」涼矢の腕の中で、和樹は涼矢を見上げる。「いつでもしたらいいよ。セックスでもハグでも。」 「毎日でも?」 「できる時はね。」  涼矢はフッと笑い、和樹の額にキスをして、「おやすみ。」と言った。  そうして眠りに就いたのが相当遅かったので、外が明るくなっても、2人が起きる気配は全くなかった。だが、それは和樹たちに限ったことではなく、深夜まで飲み会につきあっていた隆志も宏樹も同じだった。そんな中で、恵だけは、いったんいつもの起床時間に目が覚めた。けれど、シンと静まり返っている家の中の様子に気付くと、そのまま寝かせておこうと思うに至った。ついでに、自分もたまには寝坊しようと二度寝を決め込んだ。今年に入ってからはほとんどなかった、都倉家全員が揃う休日。おまけに涼矢までいる年の瀬の休日は、そんな静かな朝を迎えたのだった。  恵の次に目覚めたのは宏樹だったが、恵と同様、静けさから今日が久々の「のんびりできる休日」であることを思い出すと、もう少し惰眠をむさぼることにした。しかし、すぐに問題が起きた。トイレに行きたくなったのだ。眠気も尿意には勝てず、トイレに向かった。そして、用足しを済ませると、和樹の部屋に戻った。――戻る、はずだった。  その時の宏樹は、一瞬忘れていたのだった。和樹と部屋を交換したことを。  ドアノブがガチャガチャいう音。それで目を覚ましたのは和樹だ。音の方向をぼんやり見る。ドアの方向を。 「え。」思わず声が出た。だが、それでも、うつぶせで和樹に体半分乗せている涼矢は、起きなかった。道理で身動きが取れなかったわけだ。和樹は涼矢の肩を押してどかそうと試みたが、よほど乱暴な扱いをしないと無理そうだ。そんなことをするなら、普通に起こして自力で移動してもらったほうがまだ効率的だと思い、早々に断念する。  だからそのまま、涼矢の体半分の重みを感じつつ、和樹はドアを凝視した。兄貴? いや、そんなはずはない。兄貴はちゃんと俺の部屋に行ったはずだ。おふくろはこんな風にいきなりドアノブをガチャガチャさせないだろう。親父が何かを取りに来たのだろうか。一瞬のうちにあらゆる想像をした。だが、そのどれが正解だとしても、鍵がかかってるんだから、開けられる心配はない。  無意識に息を止めて、ドアを見つめた。鍵がかかっていることに気付いて、ノックでもされたらその音で目を覚ました振りをしよう。そのためにはやはり涼矢にも起きてもらわないといけない。 「おい、涼。起きろ。」和樹は小声で言いながら、涼矢の肩を揺すった。 「んー。」半分寝ぼけた涼矢は、逆に腕を伸ばして、和樹の頭を抱いた。 「馬鹿、ちげえよ、起きろってば。」迫力のないヒソヒソ声で言い、その腕を外し、肩を押す。  それと同時だった。和樹は信じられない光景を目にする。  ドアが開き、宏樹が立っていた。はっきりと目が合った。宏樹は和樹の部屋にあったはずの昔のジャージを着ていた。宏樹が着るとそれはパツンパツンで滑稽だが、何を着ているかなんてどうでもいい。問題は今、宏樹の小さな目が極限まで開いていて、そこに映っているであろう光景が、自分に半身を預けて眠る涼矢と、その腕と肩に手を回している自分だということだ。 「悪い。」宏樹はドアを閉めた。和樹は慌てて、今度こそは火事場の馬鹿力が出たのか涼矢の体を押し返してどかせ、すぐに宏樹の後を追った。ドアを開けると宏樹は和樹の部屋に入ろうとしているところで、和樹はそれに続いて、自分の部屋に入った。

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