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プロローグ 2
「ううっ」
先ほどから胸が痛くて、服の上からぎゅっと掴んだ。
帰りたい衝動に襲われているのは、目の前にそびえたつピンク色のぎらついたビルのせいだ。
先ほどから、ホストみたいなイケメンが出てきたし、高級車も駐車場に何台も止まっている。
入りたくなかったけれど、名刺とこのビルの住所が一致している以上逃げるわけにはいかなかった。
なぜなら今俺は、所持金29円。
明日から生きる方法もよく分かっていないのだから、選択肢がないのは分かっている。
それに吾妻の紹介なのだから、最悪なバイトではないのは分かっているつもりだ。
頭が理解しても、身体が拒否してしまうのは、情けない。
……これは自分のリハビリでもあるのに。
両親が借金により蒸発してしまい、中学生ぐらいから姉に育ててもらった。
姉さんが俺の為にお金を工面してくれていたおかげで、俺はなんとか高校も出れたし大学にも通えた。
そして、姉は働いている化粧品会社の御曹司である御手洗さんと婚約した。
温和な大型犬みたいな人で、俺にも優しくて、本当の兄の様に接していた。
あの人がお兄ちゃんになるんだって。
なのに、現実は上手くいかない。
でも、今まで俺の為に働いていた姉さんには幸せになってもらいたい。
それが俺に出来る唯一の姉孝行じゃないだろうか。
会員制の高級デートクラブ『ハーツ』
相手は地位ある富豪ばかり。セックスなし。
話し相手になったり、恋人ごっこしたりする、健全なお店だって言ってた。
男の人とデートするだけの店だって。
それにさっきから携帯は出ないけど、中に大学の友達もいるはずだ。
紹介制のバイトで、俺は吾妻(あずま)に紹介されてここにきたんだ。
あんな、女の子より華があって可愛くて、おまけに良い匂いがして、でもイケメンな吾妻が如何わしいことするはずないしね。
勢いよく一歩踏み出すと、中から大きな影が俺を引っ張った。
「遅いぞ、てめえ」
「ひ、ひいい」
中から不機嫌全開の、高級スーツをきたおじさんが俺を見下ろしていたのだった。
高級な時計、磨かれた革靴、眉間に深く刻まれた皺。
お怒りになられていなければ、大層オモテになりそうな美形のおじさんが睨んでくる。
「あ、あの」
「お前が吾妻?」
苛々としているおじさんは、俺を見ると下から上まで値踏みするように見た。
「……若すぎじゃねえか。お前、本当に21?」
「21です。って、あの吾妻は」
吾妻はどこにいるのか?
きょろきょろと辺りを見渡す俺に、その男は痺れを切らしたのか腕を掴んできた。
「え、な、何?」
「ここじゃ落ちつかん。来い」
もしかして、このデートクラブのお客様!?
でもなんでいきなり俺?
慌てて手を振りほどこうとしたけれど、びくともしなくて。
――可愛いよね、聖は。
「っ」
まるであの日がフラッシュバックしたかのように、怖くて動けなくなった。
抵抗したいのに、声が、力が出ない。
「乗れ」
「ぅっ」
声が裏返ったけれど、気にもされずに車に押し込まれた。
どうしよう。吾妻は?
周りを見ても吾妻らしき人物の影も形も無い。
「あの! 俺、あ、吾妻じゃありま、せん!」
エンジンをかけようとしていた男の手が漸く止まった。
「は?」
俺を目を見開いてみている男は、一瞬固まった。
「俺、あ、吾妻の友達で、きょ、今日からここで働く予定で……」
「っち。じゃあお前でいい。こんなピンクなビル早く出たいんだ。行くぞ」
「ま、待って下さい」
「金ならいくらでも出す」
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