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イチ。偽装恋愛①
Side:氷田 聖
びっくりするぐらい高級な車が停めてある駐車場から、ホテルのロビーみたいな広さのエントランスに到着した。
自分の知識と語彙力のなさに死にたくなる。左ハンドルの見たことのないマークのブランド。
ホテルのカウンターのように管理人がいるマンション。
ぼろい木造二階建てのアパートに姉ちゃんと住んでいた俺には別世界だった。
よ良く見るとこの人、おじさんかと思ってたけど若いかもしれない。
オーラが威圧的で怖かったけど、綺麗な顔立ちをしている。
俳優さんとかモデルさんなのかもしれない。
でも、デートクラブだからデートするだけかと思っていたのに、なんでマンションに連れて行かれるんだろう?
もしかして、お金払うからもっとサービスしろとか?
エレベータに乗りこむと、最上階を押す。
外の景色を見下ろしながら、このマンションが周りで一番高いんじゃないかなと緊張が走った。
「言っておくが」
「うはい!」
驚いて飛び上がる俺に、訝しげな視線を向けつつ彼は胸ポケットから名刺を取り出した。
「俺はノンケだから、お前に手は出さない」
「え、ノンケって?」
「男に欲情しねえってことだ」
『ラブセンチュリー☆株式会社代表取締役 夏目 拓馬』
いかつい姿で、俳優みたいなイケメンさんなのに、可愛らしい会社の代表さんで面食らう。
夏目さん……て言うんだ。
「でも、じゃあどうして俺とデートしたいんですか?」
少し間があった後、眉間のしわをさらに深くして、憎々し気に吐き捨てる。
「母方の後継者争いから外される為に、ゲイだと一芝居打つことにした。興信所が俺を探り出す前に環境を整えたい」
そう言いつつ、エレベーターのドアを押さえてくれたし、最上階のワンフロア、ワンルームの部屋にはまるでエスコートする様にドアを開けてくれた。
完全に俺を女性みたいに扱ってる。
……でも。
「その……ゲイだって誤解されたら、今後親戚と会い辛くなりませんか?」
たったひとりの血縁関係者だった姉にもう会えない。
そう思うと、寂しくて悲しくて心細くて、今にも消えてしまいそうだったのに。
「会いたくねえからだ。こっちは弁護士入れてんだが諦めが悪いし、騒いで親を巻き込む前に穏便に片付けたい。だから面倒だがお金は惜しまない」
「……そうなんですね」
お金は喉から両手が飛び出すほど欲しい。
でも、具体的にどんなことをすればいいのかまだ見えてこない。
「適当に座ってろ」
モデルルームみたいなリビングの、ソファを視線だけで促された。
良い匂いが鼻を掠めたので顔を上げると、スーツのまま器用に彼は珈琲を淹れてくれていた。
「吾妻っていう№1のやつに一カ月、此処に住んで恋人のふりを頼んだ。だが、すっぽかすは、連絡無視するわ、お高く止まりやがってあの糞ガキ」
「あああ、溢れてます、珈琲溢れます!」
「あ、ああ。すまん」
キッチンを見ると、以外にも使いこんでそうな包丁とまな板がシンクに付けられている。
この人、料理もできるんだ。
「お前は?」
「え……っ」
「初心者マークつけたような、童貞も卒業してなさそうな顔でデートクラブでバイトってなんだ? ゲイなのか?」
「っゲイじゃないです!」
その言葉に頭がカッとなる。
「……でも、男の人に襲われてから、吾妻以外の男友達でさえ怖くなっちゃって。だから、克服したくて」
「さっきから震えてるのは俺が怖いってことか」
夏目さんに冷たい瞳で見下ろされて、俺は観念して頷いた。
「……恋人のふりを頼むのに、怖がられたらこっちも困るんだ」
面倒くさそうに髪を掻きあげながら、ため息を吐かれる。
その言葉は確かにその通りだ。
俺じゃあ恋人のふりの演技は無理かもしれない。
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