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イチ。偽装恋愛③
携帯を取り出して吾妻に連絡を取ろうとした。
けれど俺がするよりも早く、吾妻から着信が何件も入っていた。
廊下に出てから電話を取ると、1コールで出た。
『お前、今どこにいるん?』
「なんか、吾妻の代わりに仕事引き受けようとして……やっぱダメだった」
『馬鹿!』
鼓膜が破れそうなほど大きな声に、思わず携帯を耳から離した。
『今から社長とそっち行くから! 変なことされそうになったら股間蹴るんだぞ! そうすれば最悪尻には突っ込まれないから! 不能になるまで蹴り続けろ!』
「そんな人じゃないよ。でも待ってる」
ものすごい剣幕だから、怒られるのは必須だろうが仕方ない。
それよりも、ブスブスと思考が黒く焼き焦がれてしまいそうだったから、吾妻の声を聞けて良かった。
……俺が姉さんの幸せを壊すために、あの人を誘うはずない。
それはやっぱ冗談でも、聞いて気持ちいいものではなかった。
リビングに戻ると、二本目の煙草に火をつけていた夏目さんがこちらを向いた。
「どうだったか?」
「すぐ来るって」
「っち。俺の連絡は全く無視していたくせに」
納得いかなさそうな夏目さんの隣に戻る気が起きなくて、俺は向かいのソファに座った。
「で、お前はこれからもデートクラブで働くのか?」
「……貴方にはもう関係ありません」
さっきの言葉が邪魔して、俺はすっごく嫌な奴になっていた。
この人、口が悪いだけでそんなに悪い人じゃないはずなのに。
「俺に苛ついてるだろ」
「……さあ」
「自分のプライドと金稼ぐのどっちが大事なんだ、お前は」
吐き捨てるように言われて、悔しくて睨み返した。
「お金が欲しいけど、俺は男の人を誘ったことは無い! 撤回してください!」
「は?」
「大体、吾妻みたいに綺麗でもイケメンでもないし。姉さんに甘やかされたから家事とかもしたことない。だから、全財産100円以下の俺が一人暮らしなんて現時点で無理なのは分かってるし!」
「落ちつけ。ってか100円以下なのか」
「でも! 誘ってないっ なんで姉さんの幸せを俺が壊すんだ! あんな、あんな良い人もう現れないかもしれない。姉さんが可愛く笑うのは、あの人と出会ったおかげだし」
「でもお前、押し倒されたんだろ」
「それはっ……」
本当の兄さんみたいに思ってたから、姉さんが居ないときでも家に尋ねてくるのは気にならなかったし。
ボディタッチが多かったけど、なんか俺と家族みたいに仲良くしてくれようとしてたんだと思った。
押し倒されて、服を破られた瞬間、ブチブチとはじけ飛んだボタンの向こうに、――知らない男の顔をしたあの人の顔が映った。
ぎらついた顔。荒い息。すべてが気持ち悪くて怖かった。
俺の胸に舌が這った瞬間、恐怖で涙がじわりと浮かんだ。
力で敵う相手じゃなかったけれど、俺がもし。
俺がもしこの人と何かあったら、姉さんが泣くんじゃないかな。
そう思って必死で抵抗したのに。
「夏目さんは、俺が自分でこの生活を壊したって言いたいの?」
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