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イチ。偽装恋愛⑤

「全く俺はその気にならねえぞ」 呆れた夏目さんがとうとう俺の首根っこを掴む。 ダメだ。大体、女の子と経験もほとんどねえ俺が男をたぶらかすなんて無理だったんだ。 「……降参です」 「分かればいい。で、今後は?」 「大学は休学する。姉さんが奨学金は反対してたから、それだけは守る。マグロ漁船でも乗って1年ぐらい金稼ぐ」  甘ったれで生きてきたから、想像できないぐらい過酷な仕事かもしれないけど、根性を叩きのめすいい機会だ。  俺の発言に、夏目さんはやはりため息を吐く。 「本当、お前ってガキの発想だよな。脈拍もなければ、口でだけで甘ったれで」 「うっ」 はっきりと言われてしまうと、ぐうの音も出ない。 でも確かにそうだ。その通りで何も言い返せない。 俺が甘ったれで、世間知らずで、馬鹿で、無鉄砲なのは本当の事だ。 「でも、そんな馬鹿が、男を怖がらないようにしたくてデートクラブなんか、すげえ覚悟がいたんだろう」 「夏目さん……」 俺の首根っこを掴んだまま、大きく溜息を吐く。 俺は小さくなったまま、下を向き黙って揺られていると、インターフォンが鳴った。 一階のフロントからだ。 「来たみてえだな」 首根っこ掴まれたまま、長い廊下を歩く。処刑台に連れて行かれる気持ちだった。 うううう。 あのピンクのビルに入る勇気が出なかった時と同様で、自分は本当に臆病もので口だけで、情けないと思った。 マグロ漁船に乗れば少しは男らしく慣れるんじゃないかとさえ思う。 今度は玄関のインターフォンが鳴って、相変わらず掴まれたままの俺は、玄関を夏目さんの隣でぶら下がっていた。 「聖!」 飛び込んできた吾妻が俺を見るなり、瞳をうるうるとさせて抱きついてきた。 甘い女みたいな香水に、猫みたいなふわふわの髪、ちょっときつめの瞳なのに表情豊かで、中性的な顔だ。笑えば可愛いし、黙って立ってたら格好いい。 「吾妻って……№1なんだってね、このデートクラブの」 言葉が見つからずそう言うと、吾妻はまた大きな声で『馬鹿!』と言った。 「お前は俺と同伴の仕事しかさせないつもりだったんだ! よりにもよって何で一番怪しい夏目さんに着いていくんだ! 玩具で変なことされなかったか?」 「お、おもちゃ? いや、別にそんな」 吾妻が何に対してそこまで怒っているのか分からなかった。 あ、夏目さんがゲイだと勘違いしてるとかかな? 「あのさ、夏目さんは俺にいやらしいことしたいわけじゃないよ?」 「んなわけあるか! こんな可愛い聖なんていたずら目的で攫ったに決まってる」 「お、落ちついてよ」 抱きしめられたせいで身動きが取れない俺は、吾妻の肩をパンパン叩く。 困ったな。 「困りますわあ、夏目はん。私の許可なくウチの子攫わんとってくださいな」 (うわっ) 妖艶な、黒髪の美しい着物姿のお姉さんが、夏目さんに笑顔で釘をさしていた。 綺麗だけど、夏目さんよりは年上なのかな? この人が吾妻の言っていた社長さん? 少しだけ声がドスを効かせている。 「……」 しかし夏目さん本人は何故か苦虫を噛み潰してしまったような苦々しい顔をしている。 「聖は俺が貰い受ける」 「は?」 「……え?」 俺と吾妻が固まるが、着物の女性はにっこり微笑むだけ。 「せやかて、まだウチとの契約も済んでない子ですし」 「じゃあお前の店には許可要らねえんだな。さっさと帰んな」

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