17 / 115
ニー。同棲生活⑥
「……お前がそれでいいなら良いけど、俺はすっげ心配」
サラサラの髪を掻きあげながら、わざと乱暴に音を立てて座った吾妻は腕を組んで苛々している。
「大丈夫だってばっ」
「大丈夫じゃねえよ。俺と友達の時点で人を見る目がない。相手を信用し過ぎだし!」
「そンなこと言わないでよ。吾妻は何でも話せる親友だと思ってるよ! 心配してくれてありがとう」
「……ふん」
照れた吾妻がそっぽを向いたけど、耳が真っ赤だった。
吾妻だってこんなに可愛いのにデートクラブのナンバー1だなんて信じられない。
「おーい、氷田は来てるか」
講義室に教授が入ってくるや否や、俺の名前を呼ぶ。
「いますけど」
「講義が終わったら三階の事務に行ってくれ。手続きがあるそうだ」
「手続き?」
「君の遠縁の親戚の方が来られて、色々と手続きしていてあとはお前の確認がいるそうだ」
「俺の遠縁の……? ちょっと急いで確認してきます!」
「おー。俺の講義は出席日数よりレポート重視だから構わん。行って来い」
教授はあっさりと行かせてくれて助かった。俺に遠縁の親戚なんて居ないけど、事務で何かしてるのは夏目さんな気がして俺は急いだ。
「よ、聖」
エレベーターで三階に上がった時には既に遅かった。
「何してんだよ!」
手続きが終わってしまった後なのは、馬鹿な俺でもすぐにわかった。
スーツ姿だから仕事にでも行ったと思っていたのに。
「お前が奨学金云々言ってたから、俺が学費を払うことにしといた」
「なんでだよ! ありえねえから。一万、二万の話じゃねえだろ!」
「まあ、報酬。口止め料とか含めたら吾妻は一カ月300万ふっかけてきたぞ。それよりは全然安い」
「さっ」
三百万!
その値段には驚いたけど、でもありえねえ。
そんな何十万って大金を他人にぽいっと払ってしまうその神経も分からねえ。
「目立つから場所を変えねえか?」
ハッと辺りを見渡すと、事務のおじさんおばさんが此方を疑わしげに見ている。
つい大声を上げてしまったが、取り乱し過ぎたか。
「……夏目さん、俺にそんなお金かけて後悔しないの?」
エレベーターに乗ってぽつんと呟く。
すると、夏目さんは自分の髪をグシャっと掻いて、ナイフみたいに鋭い目で俺を見た。
「お前はそんな覚悟も無くてデートクラブでよく働こうとしたな。根性もねえ、綺麗事ばっか」
バンっと壁に乱暴に手をついた夏目さんが俺を見下ろす。
後ずさった俺に二歩近づく感じで、気づけば目と鼻の先に囚われていた。
「言っとくが、俺がゲイだったらお前は初日にヤられてた。金の話を聞いた途端目の色を変えて必死だったお前なんて、百万ぐらいで簡単にやれてたぞ」
「……そんな」
「支配欲を満たせるなら、男でもいいんだよ。抵抗できる力がありながら抗えずに震えて声を殺して泣くその姿に征服感が――」
わざと低い声で、俺を脅してるのが分かる。
確かにその内容は怖い。俺のトラウマが更に増殖してしまいそうな恐怖でもある。
でも。
「見くびるなよ! 俺だって夏目さんだから自分から足に座ったんだ!」
近づいてきた顔を押しやるどころか、恋人の様に首に手を回して抱きついてやった。
これで急にエレベーターのドアが開いても喧嘩ではなくて、イチャイチャしてるように見えるだろう。
「俺だって、無条件で男を信用してはいけないって知ってしまったけど、だからこそそんな奴らばっかじゃないって、もう一度信じようと決めた相手が夏目さんだ。どうだ」
ふふんと得意げに笑ってやったら、夏目さんは真顔になった。
「そうか。それは残念だな」
「は?」
「俺は悪い男の方の部類に入る」
そう言うと、近づいてきた顔が少し右に首を傾げて、鼻を避け唇が触れた。
ともだちにシェアしよう!