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ニー。同棲生活⑦
目を大きく見開いて、俺はただただ目の前の整った顔を見つめるだけだった。
「き、キスした?」
「うるせえからした。お前ならまあ我慢できるみたいだな」
今まで話していた事が頭から全部吹っ飛んだ。
俺の唇に、夏目さんの唇が触れてきた?
「なんで」
「だからごちゃごちゃうるせえから。別に人目があるとこでしてもいいんだろ?」
「此処はエレベーターの中だから密室だ!」
争う部分はそこではない。
分かっているのに、俺はただ呆然としている。
「迎えに来てやりたいが、会議で遅くなる。面倒だから俺の会社の顧問弁護士に迎えに来させるから。一人で寂しいなら会社の方に帰ってきてもいい」
何か色々と言ってるけど、全く頭に入って来ない。
なんでこの人、俺にキスしておいて平然としてるんだ。
ノンケなのに、顔色一つ変えずに俺とキスするなんて。
業務連絡だけ伝えてさっさと帰ろうとしているが、言うことはそれだけではないはずだ。
「ノンケだから安心していいって言った!」
「そうか。じゃあこれからは聞いてからする」
「ダメだ!」
俺が嫌がってる様子を、夏目さんが楽しそうに見る。
ふぁ、ファーストキスだったのに、酷過ぎる。
こんな、こんなことってありえない。
「別に嫌じゃなかったろ?」
「そんな問題じゃない! スケベジジイ!」
10歳も年が離れてるってのもあるのかもしれない。
ノンケだとか安心だとか、じゃあその気にさせろとか散々言いながらも、キスできるんだから大人なんてうそつきだ。
「夕飯何がいい?」
「……」
何事も無かったように夕飯の内容を聞こうとする夏目さんを睨みつけ、じりじりと警戒しながらエレベーターのドアを開ける。
そして大きく舌を出して、べーっとすると切れる前にと講義室へ走った。
「てめえ! 聖!」
俺のファーストキスを簡単に奪った夏目さんの事なんて、信じてはいけないんじゃないかって俺の心がじりじり警戒してるのが分かった。
***
Side:夏目 拓馬
「今月の売り上げなのですが、やはりこちらのオードソックスなごく薄タイプの避妊ゴムがよく売れています。こちらはホテルからも定期購入の申し込みが――」
くそつまんねえ売上会議の中、足を組み直し、窓から見える遠くのビルの森を見ながら眉を顰める。
なんで俺があの警戒心ない馬鹿にキスしたかと言えば、五月蠅い女を黙らすのにキスするのと同じ感覚だっただけだ。故意ではない。
咄嗟といえども、聖も怖がる様子ではなかった。
そこまで男のトラウマが酷くないってことだろうか。
「社長、弟さまの青桐さんが今日は社長の家に帰りたいと連絡してきましたが、携帯はどうされました?」
「ああ、見てなかった。適当に返事をしておく」
仕事の後はご飯も家事もする気が起きないと、うちの部屋で一日寝るからな。
……いや、忘れていた。
今は聖が居るから暫くは我慢させないと。
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