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ニー。同棲生活⑩

涙を流し、震えているその顔は青ざめている。 「お、俺、やっぱり無意識に誘ってるのか? 俺が誘惑してるのかな。襲われるよりは、襲った方が傷が少ないから?」 「んなわけあるか。落ちつけ。おい、暇、さっさと謝らねえか」 「えーっと、何その子。デートクラブの子じゃねえの?」 「違う。吾妻の大学の友達だ」 俺の言葉に、まっ裸の暇は目を見開き驚いて座りこむ。 胡坐をかき、頭を押さえながら何か考えているが、まずは見苦しいものを隠して欲しいものだ。 「なんで兄貴の偽装恋人が、ノーマルで吾妻の友達なの」 「男性恐怖症の荒治療だ」 「しかも男性恐怖症って」 ヘナヘナと床に倒れ込んだ暇を見て、聖は俺に更に強く抱きついた。 「同じ顔だけど、……この人は怖い」 「……そうか」 一瞬、魔が差しそうになった。 この感覚はなんだ? 理性が擦り切れたような、抱きしめたい衝動にかられた。 それぐらい、今の言葉は可愛かった。 こんなことも言えるのか。同じ顔でも俺の方がいいと、優越感が邪魔をして上手く思考が動かない。 だが、傷つけたのも事実だ。 こいつの根っこのトラウマが案外深いようだ。 「暇、同じ顔だがお前じゃ怖がらせる。しばらく来るな。同じ顔だがな」 「うわあ。兄貴、すげえ嬉しそうな顔だね」 呆れた様子の暇だが、全裸のこいつに言われてもどうってことない。 この小動物みたいに、プルプル震えているこの子犬を安心させてやるのが先だ。 「まあいいや。来ても良い時に連絡してよ」 「ああ。同じ顔だがお前ではダメだからな」 「しつこいってば」 んべっと舌を出して呆れた情けない顔だが、テキパキと服を着出す。 暇や聖には悪いが、俺にとっては悪い展開ではなかった。 「まずは、落ちつけ。珈琲でも入れてやるから」 「……部屋か片付いてる」 俺の服を掴んだまま、冷蔵庫の前まで着いてきてから少しだけ驚いているようだった。 「暇にやらせたんだ。たまに転がり込むから雑用を言いつけてるんだ。意外と几帳面だしな」 すると、玄関に向かった暇の方を振り向いて、何故か俺の手を引く。 着いて来いということだろう。 「あの、ありがとうございます。ごめんなさい」 俺の背中に隠れながらお礼を言うと、暇は靴ひもを結んでいたまま固まる。 意外な聖の反応に面食らっているようだ。 「俺もごめんよ。でもいつでも俺が慣らしてやるから」 「暇!」 「あはは、過保護じじい!」 同じ顔だろ、と怒鳴りたかったが、聖のケアを優先にするために睨むだけにしといた。 「すまんな。母親は同じで同じ顔なんだが、あいつは昔からどうもチャラい」 「チャラいって、ぷっ 夏目さんが言うと親父臭いっ」 ケラケラと笑いだしやがって、元気じゃねえか。 「うるせえ。来い。まずは珈琲の入れ方を見て勉強しろ」 「うん。あのさ、怯えちゃって謝っといて。暇さんに」 「謝らなくていい。お前も、自分のせいにするんじゃねえぞ」 脅すつもりで睨むと、表情を曇らせた。 そんな自信のない様子も危うげで、俺は過保護な親父になってしまいそうだった。

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