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ニー。同棲生活⑬

逃げ回る俺を、タオルを持って追いかける夏目さん。 コントの様に部屋を逃げ回っていたら、じゅうたんに足をすくわれて俺がバランスを崩した。 「おいっ」 すぐに伸びた手が、俺の腕を掴むと二人ともそのままベッドへ沈んだ。 「……絶対に俺には子育ては無理だな」 「いや、向いてるだろ」 夏目さんの体重でベッドが沈む中、まだ少し濡れている俺の髪を指先で掴むと擦り擦りと遊ばれる。 「……髪までガキ」 「大人っぽい髪の基準が分からないって」 笑って返したのだけれど、夏目さんの空気が少し変だった。 俺を押し倒したまま、髪を弄りつつも目が笑っていない。 「やばいな」 「俺の髪?」 「髪じゃねえよ。俺が、だ」 苦笑したつもりかもしれないが、暗黒な微笑を携えると俺の上から退き、ベッドを一回だけゴロンと回った。 「夏目さん?」 「先に寝とけ。仕事が残ってる」 「じゃあ俺もソファでテレビを見ながら待つ!」 「いいから、さっさと――」 夏目さんが言い終わる前に、携帯の着信音が俺達の間を切り裂くように鳴りだした。 「俺のじゃねえな」 「……俺のです」 吾妻以外からの連絡は全て拒否してマナーモードにしているはずだったんだけど、マナーモードを弄ってしまったのかな。 夏目さんからもらった携帯はまだ使っていないし。 何か雰囲気をぶち壊されてしまったのに、夏目さんは安心したかのように小さく息を吐いていた。 「さっさと出ろ」 「はい、いや、……良いです」 電話の相手が吾妻じゃない気がして、俺は携帯を鞄の奥へ追いやった。 「貸せ」 「あ、ダメ」 手を伸ばしても、腕の長さがちがうせいか簡単に取られてしまった。 「――もしもし」 「夏目さん!」 俺に断りも無く電話に出た夏目さんが、ちらりと俺を見ると、軽く手を振った。 静かにしろとでも言いたいのだろうか。 「はい。はい、そうです」 な、夏目さんが敬語!? 誰と話してるのか気になったけれど、頭を押さえられて一歩も近づけない。 「うちの弁護士を後日其方へ送ります。詳しくはウチの花渡から聞いてください」 「一体誰と電話してんだよ!」 「……ちょっとお待ちくださいね」 こんなに丁寧に話している夏目さんを見たことなかったので更に不安が掻き立てられる。 すると、携帯を押さえたまま淡々と俺に言った。 「『あかり姉ちゃん』さんだが、代わるか?」 「は!?」 「俺がうまいとこ時間を稼いでやってるが、どうするか? お前からも何か話すか?」 「……いい」 今は、まだ何も話したくない。 俺の下手な嘘がばれてしまいそうだから。 すると、頭を数度ポンポンしてくれた夏目さんが再び電話を取った。 「では、ビシバシ鍛えておきますのでご安心ください」 一体どんな話で姉ちゃんを言いくるめたのか知らない。 けど、今はこの人がとても頼もしい。 ……夏目さんが居てくれて本当に良かった。 「ありがとう」 電話を切った夏目さんに、そう言う。 「俺……格好悪いな」

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