26 / 115

ニー。同棲生活⑮

Side:夏目 拓馬  このままでは俺はやばい。暇を否定するわけではないが、ゲイに転落してしまいそうな危機を感じている。 「おい、花渡、お前しばらく住み込みしろよ」 『謹んでお断りいたします。二度とそのような気持ち悪いことをおっしゃらないでください。おぞましい』 電話越しに、これでもかというぐらい拒否られてしまった。 「大丈夫。しばらく暇は来ねえよ。もう襲われたりしないだろ」  暇は下半身で行動する馬鹿だ。一度、徹夜明けの花渡を自宅に返すのが不安で、仮眠してから帰れと伝え、ソファで寝かせていたら暇が襲ったことがある。 『襲われていませんし、私の話は結構です。それより、恋人役の氷田さんの方が私は心配です』 お互いに、電話越しにタイピングの音が響く。 仕事をしながらの電話なのに、花渡のレスポンスはいつもはやく、そして正確で気持ちが良い。 暇のタイプだったらしく押し倒されたが、あいつの唇を噛みちぎって撃墜し、背負い投げし尚且つ男の急所を容赦なく踏んづけた隙のない男だ。 潔癖症ともいうかもしれないが、仕事をするうえでは誰よりも信頼できる。 「聖か。お前に怯えてしまって詫びたいと言っていたな」 『あのように男というだけで怯えるのは、心にダメージが大きい証拠かと。カウンセリングの方を探しましょうか』 カウンセリング――。 その方が聖の傷は浅くて済むのか。 『社長みたいに強さでねじ伏せるのが、なんとも思わない鋼の心臓をお持ちの方には、彼の気持ちが理解できないと思います』 「言い過ぎだぞ、こら」 『そうでしょうか。取りあえず話を戻しますが、貴方の周りに監視役として九州の佐渡組の下っ端ですね。蹴散らしても問題ないぐらいの。数日前からうろうろしていますがどういたしますか』 「そうか。じゃあ邪魔だから帰って頂くか」 『信頼できる組の重要な人たちには離れられない状況、つまり全く変わらずに緊迫した状況なのでしょう』 電話が五月蠅くないか、そっと聖の寝ている寝室を開けて確認してみた。 すると、布団を丸めて抱き枕の様にして眠っている聖の目から、すうーっと涙が零れ落ちていた。 『社長?』 ベッドに座り、指先で掬う涙。 不安げに眠る聖が、壊れて消えてしまいそうに小さかった。 泣くな。 そう思った俺は、聖の唇を指先でなぞる。 『どうされましたか? 社長?』 どうした? 俺さえ理解できやしない。 なんで俺は、泣きながら眠っている聖の唇に、――キスしてしまったんだろうか。 「……いや、すまん。聖が可愛くて見惚れてた」 『……契約の恋人なんですよね?』 怪訝そうに花渡に聞き返される。 「……ああ。そうだ。俺が押し倒せば、トラウマが更に酷くなってしまうだろうな。こいつは俺をとことん信用して甘えてきてるだけだから」 それが一番性質が悪い。 甘えてくるこいつが可愛いと思っても、契約以上の事をすればトラウマがフラッシュバックするはずだ。 規約上の偽物の恋人。 ただの同居人。 下手すれば、親父だと思われている。 『女性でも抱いた方が良いんじゃないですか。暇さんのねちっこく気持ち悪いホモが感染したんじゃないですか?』 暇を毛嫌いしている花渡の辛辣な言葉に、我に返った。 「大丈夫。溜まってないから安心してろ」

ともだちにシェアしよう!