32 / 115
サン! 変化③
「おーい、キャビア食べちまおう」
丸い瓶をテーブルの上に置くと、スプーンでクラッカーの上に溢れんばかりに乗せた。
おおお、これがキャビアか。
「そんなに下品に乗せるのやめなさい」
二人の、表情が淡々と変わらない兄に、酔っ払ったように絡む妹の会話を聞きながら、勇気が無い俺は、クラッカーだけを平らげていた。
そこで、二人に腐ったチーズ?を薦められ涙目になりながら食べた後、何か不安はないかと急に聞かれた。
やはり二人も、俺が暇さんに襲われたことを気にしてくれているみたいだ。
「実は、バイトをしようかと思ってるんです」
「バイトねえ」
「俺、所持金50円も無くて……」
学校で見つけたバイトの写メを見せるが、二人からは賛成の言葉は出てこない。
「社長にまず聞いてみませんと」
「ほら、隣の倉庫のバイト探してたじゃん。出荷する場所へ段ボールに詰めて仕分けするやつ。あれなら聖もできるでしょ?」
「倉庫のバイト……!」
「式部。社長に相談する前にそんなけしかけたら」
「俺、倉庫のバイト、見てみたいです!」
体力が付く様なバイトが良いなって思っていたところだった。
大学の掲示板を見ても、動物の着ぐるみショーやら配送センターのバイトやら体力のいるものばかり写メっておいた。
倉庫で段ボールを運ぶなんて、なんだか筋肉が付きそうだ。
「別にここに閉じこもっていろって言われたわけじゃない。私たちは、聖の気分転換を頼まれた。そうだよね? 兄貴」
「……まあ、行ってもいいですが聖くんにはまず無理ですよ、あのバイト」
頭から否定されてしまうと、頭を抑えつけられたようで悔しい。
淡々と語る花渡さんの分析は一寸も間違えが無さそうだから尚更悔しい。
「行きます。俺、夏目さんの仕事をもっと知りたいですし」
「よっしゃ。格好いいぞ、いくぞ」
式部さんが面倒くさそうな花渡さんを促し、進む。
この二人、仕事は良いのだろうかという疑問はあったが、口を噤んでおく。
***
連れて行かれた倉庫は、会社の在庫を管理している大きな倉庫。
大学の体育館ぐらいの広さかなあって中を覗くと、アルファベットが書かれた棚に大きな段ボールの塊が綺麗に整列されている。
そこに、ヘルメットをかぶった作業員が総勢20人ぐらいで作業していた。
「部長―! A1050の、『光っちゃうんです!薄いんです!0.2ミリ』の段ボール三箱持ってきました!」
「部長、こちらB789『俺は今日、馬を越える』のビックサイズです!」
薄い?
馬?
女性でも男性でも関係なく、商品名を大きな声で言いながらクレーンに置いてトラックに乗せて行っている。
ともだちにシェアしよう!