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サン! 変化⑩
濡れた髪から落ちる水が、ポタポタと夏目さんの腹筋におちていく。
腹筋、硬い。
引き締まってるし、実際に触ってみると、全然違う。
真っ青になった俺に対し、にやにや余裕の夏目さんはずるい。
「ばっ 滑っただけだからな!」
「――聖」
びっくりするぐらい甘い声で呼びとめられる。
「俺はこのままでもいいけど?」
立ち上がろうとした俺の両手を捕まえる。
怖い、――とは違う。
何か違うけど、ぞくぞくした甘い刺激に、背中が大きく揺れた。
「お、俺は中でゲームしとく!」
「逃げるなよ」
と言いつつも手を握っていた力が緩められた。
ここで大人として引いてくれたのかもしれないけど、何故か俺はそれもちょっと不満だった。
何故だか戻りたくなくなった俺は、夏目さんの上から退いて、隅っこの方で体操座りで丸くなる。
「聖? 戻らないのか?」
起き上がった夏目さんが、濡れた前髪を掻きあげる姿が、なんだか艶めかしすぎて、俺は背を向けた。
「せっかくの温水プールだし、夜景見ることにしただけ」
「ふーん。ピアスって風呂とか外さねえの? 錆びない?」
「錆びない。取ったことないし」
そんな怖い顔のくせに、ピアスもしたことないのかよ。
金持ちだし、アダルトグッズの会社の社長のくせに。
「ふーん」
興味ないのか、あるのかわからない曖昧な返事。
そしてまた背中から煙草の匂いがしてくる。
「まあ、お前の綺麗な顔には似合わんが、アンバランスでいいよな。ピアス」
「き!? どうせ女っぽい顔だよ。俺さ、バイトしたいんだけど!」
ちょんちょんと、後ろから夏目さんが水をかけてくるので、ちょっとだけ睨んでみた。
「……バイト中にバイト?」
不思議そうな顔をされる。
確かに今は、夏目さんの恋人って言うバイトをしてるかもしれないけれど。
「だって、夏目さんのバイトが終わった後、また俺、自分の居場所探さなきゃいけないだろ? 今からお金貯めてバイトしときたいなって」
今、夏目さんの家に入れば、一緒に眠ってくれる夏目さんがいるしご飯は肉が多いけど、食べさせて貰えるし、所持金50円以下でもお金を使うことはない。
でも、夏目さんが俺の事お役目が終わったら、家から出て行かなきゃいけない。
「だから、もちろん夏目さんの許可が降りれなかったら諦めるけど、バイト先だけは探すのは許してほしい」
「……俺が提示した期間は一か月だったからな。先が不安なのは分かる」
「うん」
「延長は可能か?」
意外な言葉に、思わず振り返る。
すると煙草を灰皿に押しつけながら、夏目さんが俺を見ている。
なんだか恥ずかしくて、身体を縮かませる。
全て見透かされてるような、鋭い視線に身体が熱くなっていく。
怖いわけじゃないのに、金縛りに会って動けない。
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