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サン! 変化⑫

Side:夏目 拓馬 絶望だとか、不安だとか、未来の展望が見えないとか、そんな悩みをおれはしたことがない。 当面の悩みは、この怖面のせいでヤクザの跡取りにターゲットにされてしまったことと、女々しく聖に『契約を継続したい』とか言ったことぐらいだ。 契約でしか聖を自分の傍に置けない自分の歯痒さと女々しさと、どうして傍に置きたいのかを考えると、面倒くせえって思ってしまう。 ただ、未来の展望がみえない聖は、大学後の話をしたくないと言った。 トラウマを払拭できないことが、あいつにはマイナスになっているようだった。 まあ、そうだろう。親友と俺以外の男が怖いとなると、仕事場が地獄でしかないだろうから。 もし聖が面倒で嫌でなければ、就職先も俺が面倒みることもできる。世話を焼きすぎかもしれないからまだ言わないが。 「うわ、ジュージュー言ってる! ってか夏目さん、朝ご飯もステーキなのに、またステーキ食うのかよ!」 温水プールから出ると、玄関にステーキとハンバーグが置かれていた。 それを見て、驚いた顔で聖が俺と肉を交互に見ている。 「そんな顔しても、一切れしかやらんぞ」 「いらねーよ!」 ハンバーグを頬張る聖の顔に魅せられる。 綺麗な顔で、幼いあどけなさを残しつつ、無邪気にハンバーグを食べている。 綺麗だと言われるのが嫌だと、わざと口が悪く、わざとじゃらじゃらピアスを付けている。 そんなアンバランスな聖と一緒だと、ステーキがさらに美味しく感じる。 不快だ。 そう感じてしまう自分の考えが不快だ。 今、その気持ちに名前や意味を持たせて、聖に気付かれてしまえば、この心地よい関係が一瞬にして恐怖で消えてしまう。 聖にとって、同性からの好意はきっと恐怖でしかない。 だから、おれはこの気持ちは気付かなかったことにしなければいけない。 ステーキが美味しく感じるのは、ここの肉が良いからだ。 そんな、子どもみたいな言いわけを並べて、胸の痛みをかき消した。 「食べたらどうするか?」 「ゲーム!」 「ガキか」 クククと笑うと、悔しそうに顔を染める聖に笑いかける。 「一緒にしてやるよ」 聖は嬉しそうに俺に抱き着いたのだった。 *** 「ふー。確かにラブホのご飯って美味しいかもね」 「だろ? どこだったか焼き立てパン食べ放題ってラブホもあったからな」 「ただのホテルじゃん!」 ゲラゲラと笑う聖を横目に、ベッドに乗って、布団をめくる。 「来い」 「えっ」 一瞬真顔になった聖が、目を泳がす。 「ゲームするんだろ? 来い」 わざと驚かすような言い方をしたが、聖が戸惑ったのは一瞬だった。 単純だった。 いっぱい優しくして、いっぱいお腹いっぱいにさせて、いっぱい疲れさせて、 ――いっぱい信用させて。 かぶり。 簡単に食べられてしまう様な、単純な思考回路だ。 ダメだ。 ダメだ。 こんな単純だと、こいつは俺みたいにお前に欲情してしまった相手を見抜けず、またトラウマの繰り返しになる。 「夏目さん! ゲーム出来なさそうな顔して強すぎる!」 「あ? ゲームしねえ男なんざ居ねえっての」 「吾妻はしねえもん。もう一回!」 俺はお前にトラウマを植え付けたく無くて、笑ってる。 その姿が滑稽だった。

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