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サン! 変化⑭
余りも眼光鋭く、ナイフみたいに切り裂かれそうな迫力に固まると、夏目さんもハッとして視線をそらした。
「ヤクザ云々よりも、人間として奴らが好きじゃねえ。じゃねえと、金まで払ってこんな契約しねえよ」
――こんな契約。
その言葉にちょっとだけ胸が痛んだ。
夏目さんが良い人で、面倒見が良くて、優しい人だと俺は思って信用してるけど、夏目さんにとって俺は、面倒くさい契約者で、その契約より跡取りになる方が面倒だってことで。
天秤にかけられて此処にいるんだ。
「……うん。ごめん! 口出ししちゃって。あ、ステーキ美味しいよな」
もぐもぐとステーキを噛む。
けれど、ゴムを噛んでいるような気がして味もしなければ飲みこむのも一苦労だった。
それからぎこちなく、なんだか空気も重い中、帰り支度を済ませて部屋を出た。
料金の払い方は、古い使用方法だと夏目さんが言っていた。
筒にお金をいれて、空気の流れるポンプみたいなのにシュッと落とす。
すると暫くして、おつりを入れた筒がポンっと戻ってくる。
それに感動した俺に、ちょっとだけ夏目さんが目元を緩めたけれど、やはり顔はどことなく沈んでいた。
「もうこのまま大学でいいか?」
「うん。いいよ」
「昼ごはん代とかお前、持ってないだろ? 今日の夜の分も合わせて――」
「え、あ、いいよ!」
ラブホの駐車場に停めた車の中でお金を渡されるなんて、なんだか誰にも見られていないのに、とってもいけない事をしているような気持ちになって、全力で拒否をした。
そんな俺の前に、――同じくラブホから1組のカップルが出てきた。
「え、吾妻?」
相手の腕を掴んで、我儘全開で振りまわしているのは紛れもなく吾妻だった。
でも吾妻が腕を掴んでいる相手を見た瞬間、サアっと血の気が引いて吐き気が込み上げてきた。
思い出したくないのに、思い出してしまう。
あの日、俺を押し倒した姉さんの婚約者。
なんでこんな場所に。なんで姉さんのそばにいないんだ。
「どうした!? 聖っ」
一瞬、夏目さんは慌てて肩を引き寄せてくれた。
けれど、外で吾妻と奴を見た瞬間、俺でも分かるぐらいカッと頭に血が昇っていくのが分かった。
(そっか。夏目さんは俺の事を雇うからって色々調べてくれてたんだっけ)
じゃあ、吾妻が今、一緒に居る人が誰だか分かるよね。
「ここで待ってろ」
「夏目さん! ダメだ。行かないで」
「良いから。怖いんだろ? 此処で待ってろ」
逆にとても静かに言う夏目さんが、いつも俺に見せてくれる表情ではなくて驚いた。
この人、いつも言い方が怖いと思ったけれど、静かに沸々と怒っている今の方が怖い。
怖いけれど、――とても頼もしい。
そう感じてしまった。
自分の震える身体を押さえて、夏目さんを見送る。
「聖。大丈夫だから、びびんじゃねえ」
その言葉に、なぜかじわりと涙が浮かぶ。
「お前が怖がる価値は、あの糞野郎にはねえんだよ」
乱暴に車のドアが閉まり、俺はぎゅうっと目を瞑った。
吾妻たちの車の前で、小さな悲鳴が聞こえた。
「うわ。夏目琢磨!」
「フルネームで呼ぶな。……そいつが誰か分かってるのか?」
夏目さんの言葉に、吾妻がどう答えるのか不安だったが、目を塞いで耳を閉じて、俺は一人震えていた。
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