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サン! 変化⑯

平然と表情も変えずに、夏目さんが長い脚を前へ押し出していて、地面に倒れ込む御手洗さんの姿が見えた。 「殴る価値は無いが、聖が受けた痛み以上のモノをこいつに与えたくなった」 「いっ!」 もう一度蹴飛ばした夏目さんが、あいつの顔を容赦なく踏みつけて、革靴もギシギシと音を立てていた。 「鼻の骨って案外折れやすいから、折れてたら俺に連絡して。ほら、弁護士の連絡先」 「ひっ」 「まあ電話してくる勇気があるなら、自分がしたことも訴えられるって自覚あるよな?」 「すいません! すいません!」 顔は怖いけれど、本当は優しい人。 俺はこの数日で、夏目さんの事をそう思い信じていた。 あいつの顔を冷酷に踏みつけて脅しているのを見ても、そう信じていた。 「聖くんにちゃんと謝罪させてください! あかりは聖くんのことを心配して――」 「聞きたくねーよ」 「聞きたくない!」 「死ね」 吾妻と俺と夏目さんの声が同時に響いた。 死ねは、吾妻だったけれど、俺達の言葉に血の気が引いて行くのが分かった。 「言い訳を聞いて許さなきゃいけない理由を作ろうとするな。聖は優しいから今よりもっと苦しむ」 「そうだよ。カス! 聖がお姉さんの事で苦しんでるのにお前の口からお姉さんの名前を出すな!」 もう一度、今度は吾妻が彼を蹴飛ばした。 丸まってカメみたいに自分の身体を守ってるあいつを見た瞬間、こんな奴が怖い自分がみじめで情けなかった。 変わらなきゃ。 こんな奴、跳ね返さなきゃ。 俺も二人みたいに自分の恐怖をあいつに。 そう思ったのに、俺は吾妻と夏目さんの手を掴むだけで必死だった。 「ぼ、暴力は嫌だ。止めよう」 俺の傷ついた気持ちが暴力でチャラになるとは思えずに、そう止めた。 「……近いうちに決着をつけにいきます。今は、今は俺、夏目さんの傍に居たいから戻らないけど、ちゃんと決着付けに戻ります」 怖いけど、足がすくむけど、吐き気がするけど。 夏目さんを巻きこむのは違うと思ったから。 それだけ言うと、吾妻も一緒に夏目さんの車に乗り込んできた。 未だに蹲ってる亀みたいなあの人が、姉ちゃんを幸せにしてくれそうなオーラが無くて、泣けた。 「……ごめん、聖。俺、知らなかったんだ。ごめん」 「吾妻は悪くないよ。でも、やっぱ友達に触れてたと思うと嫌かも」 「ヤってないよ! 本番はしてねえし。分かってたら、裸にひん剥いて写真撮って脅迫してやったのに」  今は吾妻のその発言が少し頼もしい。 「二人がいなければ、俺はあいつをどうしてたか想像できんな」 夏目さんの言葉に、俺と吾妻は抱きしめあって震えあがった。 冗談だとは思うのだけど、夏目さんの顔が険しくて突っ込めなかった。 「……聖」 「はい」 「平気か?」 夏目さんの短い言葉の中から、俺への気遣いが感じられて涙がこみ上げてくる。 「平気って言ったら嘘になるけど、この車の中は怖くないよ」 「……暴力もすまん。顔は殴ったら歯を折ってしまいそうだから蹴ったんだが」 しどろもどろに言ってるけど、それってどっちも結局怖いから。 そう思ったけど、俺が怯えてないか不安そうな夏目さんの言葉が嬉しくて微笑んでしまった。 「で、夏目さんとラブホって何? やったの?」

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