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サン! 変化⑰

「あっ」 そうだった。ラブホだった。 不安げに夏目さんをミラー越しに見る。 どうしよう。恋人同士のふりをしなきゃいけないのに、この騒動を誰かに見られてたら。 「問題ない。姉の婚約者の浮気現場を見て取り乱しただけのことだ」 「……契約中なのに迷惑かけてしまってごめん」 「馬鹿か!」 夏目さんが怒鳴るので、思わず吾妻に抱きついた。 夏目さんは急ブレーキを踏むと車を端に寄せる。 大通りではなく、まだラブホが点々と続く路地裏だったから近くには車は見えないのが唯一の救いだ。 車を止めた夏目さんが俺を見る。 怒りを噛みつぶしたような、なんとも言い難い顔で俺を睨んでる。 「馬鹿。お前の気持ちより大切なもんなんか、今はねえよ。ガキが余計なことを心配すんな」 「夏目さん……迷惑じゃないの?」 「ああ。逆に悪化させてないかビクビクしてんだよ。意外と繊細だからな」 「ぷっ。あんなグロくてエロい玩具作ってる奴が、メンタル弱いわけねえじゃんか」 吾妻が吹きだすと、バツが悪そうに舌打ちして、そのまま発進した。 「このまま家に戻るか? 俺は午後から出勤でも構わない」 「……ううん。せっかく学費払って貰ったから、俺出るよ講義」 「大丈夫。俺が守ってやるよ。な」 「わ、苦しい」 吾妻が俺に抱きついて頭を撫でてくれた。 すると、同じホテルだったからか同じシャンプーの匂いがして複雑になった。 吾妻は本番しないナンバー1だって聞いてたけど、本番以外は何でもするのかな。 とか、自分の事を後回しで何を考えてるんだ。俺は。 しばらく無言だった夏目さんだったけれど、大学の門の前で車を停めるとロックも解除せずにその場で固まった。 「夏目さん?」 「お前は無理をするから、心配だ。このまま行かせたくない」 「え、ええ!?」 しどろもどろになる俺に対し、夏目さんが落ちついた静かな瞳で見てくる。 「やっぱ向きあわなきゃいけねえな。姉さんが心配なら尚のこと」 「う、うん。そうだ。このままじゃダメだって分かった」 「よく考えろ。今日も迎えを寄こすから。……落ちついて考えて、俺にも相談してくれ」 夏目さんに相談……。 ただの契約の関係の俺が、あの人に何もかも頼ってしまっていいのだろうか。 「聖さ」 無言で歩く俺の隣で、吾妻が苦笑しながら言う。 「聖は多分、自分が意外と素直なことを知らないだろうね」 「素直?」 「顔に描いてあるんだよ。貴方が好きですって。だから俺もそれを信用してダチやってるんだ」 頬を触ると、泣いた後が少し皮膚を引っ張る感じでヒリヒリしていた。 「で、信用して素直な聖って、包容力ある大人からしたら自分を頼ってるって思って、こう何かしてあげたいとか、俺の事好きじゃないのかって勘違いしちゃうんだ。それは聖が悪いわけじゃなくて暴走した奴らが悪いけど」 吾妻が何を言いたいのか分からずに、足を止めた。 すると、朝日に照らされた吾妻は、息を飲むぐらい綺麗に。それでいて冷酷に笑った。 「夏目さんに頼ったら、またあのリョウさんの二の舞だよ。夏目さんに押し倒されたら、聖、どうすんの?」 夏目さんに押し倒されたら――?

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