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サン! 変化⑱
「そんなこと、あるわけないだろ。あの人はゲイじゃない、し……」
でもキスはしてきた。
いや、アレは演技のキス、だった?
「リョウさんと違って、夏目さんってちょっと本気っぽいし重い感じがする。拒絶したら、あの人も傷つきそう」
「だから、ゲイじゃないってば」
「そう? だったらこんなに聖は動揺する?」
しどろもどろな俺に対して、怪訝そうな顔で首を傾げる。
「それとも、夏目さんなら怖くない?」
怖くない。
確かに夏目さんなら俺は怖くない。
小さく頷くと、ため息を吐かれた。
「でもそれって、信用してるからじゃん。夏目さんが欲情して聖を襲っちゃったら、それを受け止められる? 聖は――」
スローモーションで、吾妻の唇から遅れて聞こえてくる言葉に、頭が真っ白になった。
聖は、夏目さんをどんな気持ちで好きなの?
「リョウさんは怖いのに」
吾妻の言葉が重い。
なんでだろう。とても胸に重く響いた。
「俺、デートクラブみたいな特殊なバイトしてるじゃん。デートクラブに通う人の多数は、誰にも同性を好きなことを打ち明けられなくて怖くて、ビジネスでも秘密厳守の俺達と話せるのが楽しいわけ。本当にデートだけを楽しむ人が多いよ」
「俺……夏目さんは歳上で、怖い様で実は優しくて、学費払ってくれて、頼りになるなって思ってる。それだけだよ」
「……今、俺の話聞いてた?」
吾妻の顔が怖いけれど、どうして今、それを話すんだ。
たった今、トラウマの相手と接触して吐き気が込み上げてきたのに。
どうして今、それを俺に言うんだよ。
「ごめん。聞きたくないかもしれない」
「聖」
蹴られてまるまったアイツは俺に謝っていた。でもあれは土下座じゃないだろ。
蹴られて起き上がれなかったから、あんなポーズで謝ってあの場を切り抜けようとしたんだろ。
「同性を好きになることを否定したいわけじゃない。でも、俺自身は違うって、言いたい。言わないと、アイツのしたことを、肯定するみたいで嫌だ」
誰にも言えない悩みを持っていて、俺に吐きだした。
そんな同情の余地をあいつに少しもやりたくない。
「勿論あいつの行動は許したらダメだ。立場的に逆らえない聖を狙ったんだから」
「それに!」
吾妻の話を遮るように声を荒げてしまった。
「それに、夏目さんは俺の事どうも思ってないよ。ゲイじゃないって言ってたし。この話止めない? 契約してる相手に対して不謹慎だよ」
力無く笑って吾妻を見た。
心はバクバクと大きく脈打って痛いのに。
「悪かった。お子ちゃまの聖にはまだ早かったかもしれん」
「酷いな、それ」
「俺も毎回デート相手とラブホに行ってるわけじゃねえからな。金とか、あと金とか次第で本番無しで話聞いたりしてるし」
「俺、吾妻がそんなことしないって分かってるよ。でもラブホって外から鍵かかるじゃん。危険じゃねえの?」
話を逸らしてくれたおかげで、また震えていた足が一歩出て歩いて行ける。
「危険なのかな? でもうち、バックに怖いのいるみたいだから」
「それって――」
何故か式部さんの顔が浮かぶ。
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