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サン! 変化⑳
なので、容赦なく、前触れもなく俺はそいつの頬を殴った。
弁護士が何人も囲んでいるのに、躊躇せず。
「てめえ!」
白スーツの男が俺に向かてきたが足をかけてよろめいたうちに腹に一撃決めた。
「謝罪はしねえ。示談の話し合いがしたくて弁護士を呼んだ。ごねたら容赦せずマスコミに売る。大袈裟に騒ぐ」
「加害者の其方が、ですか?」
殴られた男は、頬を押さえながら苦笑している。
「ああ。加害者だが騒いだら、お前達の崩れかけた組の内情が世間にも暴露できる。前科ついても俺は問題ねえよ。継がないんだから」
「貴方は穏便で慎重な方だと感心していたのですが、なにか焦る様な事が怒ったのでしょうかね」
クスクスと男は笑う。
「ゲイだとばれたのがそんな嫌だったのでしょうか?」
漸く、そっちの嘘に話が転がっていく。
「それとも、それが偽装だと此方も知っているのを焦ったのでしょうか?」
暇が片眉を吊り上げたがその些細な動揺を、その男は見逃さなかった。
「暇さんは最初から分かっていたし血筋が汚れているので跡取りなんざ死んでも考えて無かっただけですが――」
その尊大口調の男が、再び暇を侮辱しようとしたので再度殴り付けた。
勿論、事件として大きく扱われる為でもあるが、ヤクザみたいな汚い仕事をしている奴らが、暇を侮辱するのが許せなかった。
「田舎の、粋がって棄てれて権力もない弱体化したお前達なんて、怖くもねえが優しさで穏便に済まそうとしてたんだよ。死にかけの爺に夢を与えないように」
今回の事が公になって、暇や母親の事件が取りざたされるのも危惧していたし、面倒で億劫だからゲイだと遠ざけようとしていたのも本当だった。
だが――もう手段は選ばなくていいのだと本能が言っている。
暇を人だと思わない発言に、こいつらのために俺の傍で偽装恋人を演じるメリットがないのだと分かった。
「取りあえず、示談にするにしてもまずは弁護士の私達と話しあいましょうか」
花渡と数人の弁護士達も、修羅場をくぐってきただけある。
怖気つくこともなく、自分達の事務所の会議室を提案し、そこで話し合いがもたれることになった。
「兄貴、熱くなりすぎじゃね?」
暇に心配げに顔を覗かれて、眉を顰めた。
「なんで弟の俺まで睨むの!」
「……お前は笑っているが、お前が笑うなら俺が怒る。そうしないとお前のバランスが崩れる」
「あはは、兄貴超優しい」
「だが、あいつは違う」
あいつ、という俺の言葉に暇が笑顔のまま固まった。
田舎者ヤクザ達は弁護士との話し合いで此方の会話は聞こえていない。
注意深く睨みながらも、俺の心のほとんどを締め付けているのは、今朝の聖のポロポロと泣いた顔だった。
「あいつが泣くなら、俺は何をすればいいのか、一瞬迷った」
「……兄貴」
「一番良いのは、接触が始まった今、そして偽装だと気付かれた今、俺たちは離れるべきだと言うことだ――うっ」
言い終わる瞬間に、思い切り暇に足を踏まれて思わず小さな声が漏れた。
にこにこと聞いていた暇が、無表情になっている。
「あんたは、優しいよ。人の痛みも自分のモノのように感じちゃうし。でもさ、俺は弟だけどあのおチビちゃんは、――あんたの弟じゃないよな?」
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