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サン! 変化21
乾いた、とても乾いた笑顔が、カサカサと枯れるように顔から剥がれ落ちた。
「弟だったら、良かったよ」
一緒の布団に入っても、眠っている聖に触れても、怖いと泣いている聖の為に、あの男を蹴り飛ばしても、兄ならきっと違和感はない。
それとも、聖の言葉を借りるとしたら、親父かな。
「お前は、これ以上こいつらと関わらなくていいだろう? 暫く親父の元でも行ってろよ」
「兄貴、あんたは?」
いつもと変わらない口調のくせに、トーンが少し低く早口。
そんな些細な変化に気付いてしまう自分が嫌だった。
「こいつらと話し合いをして、処理が終わったら聖を迎えに行くよ」
そう言うと、少しだけ暇の顔がホッとしていた。
「処理が終わらなければ、契約を早めて終了して他人に戻る」
長引くと嘘を言って引きとめようとしたのが今日の朝。
それから世界は180度回転して景色が変わってしまったようだ。
「兄貴……」
「お前なら分かるだろ。聖は何も知らない純粋な大学生だ」
これ以上、巻き込んではいけない。
***
Side:氷田 聖
「なあなあ、聖ってあの暇(いとま)ってやつとあったことあるっけ?」
バイトまで時間を潰す吾妻と、式部さんの迎えを待つ俺は、食堂で何故か隣同士に座って炭酸飲料を飲んでいた。
正面に座ればいいのに、わざわざ隣に座るせいで、吾妻のゲイ疑惑の噂は絶えない。
それどころか吾妻自身、その噂を楽しんでいる。
「うん、押し倒されたよ」
「うーわー。あいつむかつく」
「でも、夏目さんが助けてくれたから」
口ごもった俺を、じと目で吾妻が探るように見てくるのが居心地が悪かった。
「でも何で?」
「あの人のゲイビ、めっちゃ売れてるから」
「ぶっ」
「あの人、身体も筋肉質で出来あがってるし、腰使いも、あと指の動きもエロいんだよね」
「……吾妻」
若干引いてしまった俺に、吾妻は手を振る。
「やってないよ? 俺はえっちは仕事相手にしないもん。一晩100万くれたけど、なんか抱きしめられて寝ただけ。意外と心が弱そう」
「……吾妻は、そのバイトいつまでするの?」
「どうだろう。一晩で100万とか稼ぐことを知ってしまった今、社会人になって普通に仕事出来るかなって一応は悩んでるよ。甘い蜜を吸っちゃったらもう戻れないくなりそう」
「あー。それ分かるわ」
俺の背中の方から、不意にそんな声が会話に入ってきた。
「俺もゲイビで身体も気持ち良くなるし金も稼げるしで辞められないんだよね」
その声に聞き覚えがあって、振り返るのが嫌だった。
そもそも大学部外者が堂々と入って来ないでほしい。
食堂に居る他の人たちも、声の主の方へ注目していた。
「噂をすれば暇じゃん。俺を御指名?」
「いや、今日は可愛い聖くんを御指名。ちょっとだけいい?」
後ろを嫌々振り返ると、パーカーで頭を隠し、サングラスがパーカーの隙間からちらちら見えていて、微かに暇さんかナ?と判別できる程度の恰好で立っていた。
「なんでその恰好なんですか?」
「ゲイビの男優だから顔隠しじゃない?」
「いやあ、今、超複雑で顔見られたくなくてね。悪いけど、吾妻、ちょっと離れてもらっていい?」
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