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ヨン……別れ、距離②
「……お前を返すのは心配だ。誰でも信用してしまうし。情にほだされてアイツを許してしまわないか不安だが」
くるりと背中を向けられてしまった。
「俺の傍よりは、安全だ」
引きとめない。当たり前だ。
この人が優しいから、それは当たり前だ。
「バイトして、ちゃんと学費は返すから、安心してね」
「いらん。ガキがそんなことを心配するな、馬鹿か」
短く吐き捨てる乱暴な言葉。
それなのに、冷たい夏目さんの背中さえ温かく感じてじわりと涙がこみ上げてしまった。
「ガキじゃないって証明できた時は、返していい?」
料理を並べる夏目さんの周りをうろうろしながら尋ねると、こちらを見ることもなく素っ気なく答える。
「お前は俺の中でいつまでもガキだ」
「成長する!」
「……仕事で払った金だ。いらん」
……暇さんに教えてもらったから、絶対に傷つかないんだからな。
「契約の関係だもんね。お金払ったらバイバイって感じだよね」
「聖」
「でもそのお金を返すまではまた繋がれるって思ってるのはいけないことじゃないよな!」
「すまん」
夏目さんは俺の意気込みに小さく謝った。
完全に否定をしたわけではないが、それは無理だと小さく零れた本音だった。
夏目さんが用意してくれたガーリックライスは、にんにくだけじゃない。
塩辛くて、美味しいのに味が分からなかった。
怖いと思うならば、夏目さんみたいな見た目の人じゃないだろうか。
見た目も怖い、がたいも怖い。
見下ろされて睨まれたら怯んでしまう。
「おい、これも食え」
どさどさと焼き肉のように乗せられたお肉は、姉ちゃんとの質素な生活では食べれないようなステーキ肉。
怖いのに優しい。そう、もう知ってしまった。
逆に、笑顔で優しく近づいてきて、心を傷つける人も知ったし、貴方の過去も知ったよ。
知ってしまったから、離れたくないなんて思う。
この気持ちの名前は一体なんなんだろう。
「夏目さん、今日も一緒に眠っていいよね?」
「……今日までだからな」
貴方は簡単に手放す関係でも、俺はきっと貴方の事忘れられないよ。
珍しく、キッチンの洗い物はそのまま放置して、夏目さんはさっさと寝室に向かった。
ついていくと、少しだけ左に避けてくれて、俺は彼と壁の間に潜り込んで眠れた。
「明日が来なかったらいいなって、ちょっとだけ思ったよ」
「来ないわけないだろ」
「……意地悪だよね。夏目さんって」
無愛想な顔が、今日は緊張からかさらに無愛想だった。
大丈夫。目が覚めたら、もう隣には俺は居ないよ。
その代り、貴方が眠っても、その顔を見つめることを許してね。
しばらくしてわざと寝息をたてて寝たふりをした俺の唇に、夏目さんの指先が触れた。
ぷにぷにと唇を何度も弄ぶと、布団をかけ直してくれた。
夏目さんたちの問題の方が複雑で、きっと色々大変だし傷がついちゃうと思うけれど、俺がもう少し成長して、トラウマを克服した時、――もう邪魔にならない存在になれてたらいいな。
そうしたら、また、一緒に過ごせるかナ。
たった数日間一緒に居た、俺の偽物の恋人。
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