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ゴー! ゴーゴゴー!③
俺の目の前に突き出されたのは、真っ赤なバラの花束。
「100本の薔薇の花束です!」
「……は?」
「本当は、ずっと君の事が可愛いと思って、君の事が好きでしたあああ」
ずさっと薔薇の花束を撒き散らしながら、土下座しやがった。
花束、くれるんじゃなかったのかよ。
こんな、花びらが散った薔薇の花束なんざ、絶対いらねー。
というか、は?
俺、今、男に告白されてるの?
「……姉ちゃんの事は?」
「俺はゲイなんだ。だから、――妥協して女性と結婚しようとしただけだ」
土下座した御手洗さんを見て、カッと頭に血が上った。
姉ちゃんの、荷物をさり気無く持ったり。
姉ちゃんが好きなケーキ屋のケーキを買ってきたり。
そんな、日常から零れ落ちる様な小さな幸せをいっぱいくれる人。
俺の目にはそう映っていたはずだったのに。
「姉ちゃんを妥協とか言ってんじゃねえ!」
地面に落ちていた花束には落ち度は全くなかったが、御手洗の頭目掛けてフルスイングしてやった。
「ふざけんな!」
「ひ、聖くん」
「俺は、お前が男でも女でも大嫌いだ。顔も見たくないぐらい大嫌いだ!」
姉ちゃんの気持ちを利用しやがって。
「ひ、人に言えなかった。苦しかったんだ。たまに吾妻くんみたいなデートクラブで同じゲイの子に話を聞いて貰えるだけで良かったのに、俺は――」
じわっと大粒の涙を流して道路に突っ伏して泣いている。
大会社の御曹司のくせに、くそ大学生にみっともない姿で土下座している。
けれど、俺は許せなかった。
「ゲイなのが苦しいなら、好きでもない女性を傷つけていいのかよ!」
「彼女を愛そうと思ったのに、目の前に君が現れた。ゲイを隠そうとしていた俺の理性を崩すほど、君は可愛くて魅力的でどうしても、止められなかった。ごめん。けれど、――どうしても君が忘れられない」
ストーカーまがいに電話してきたり付け回していたくせに。
「俺は、あんたに襲われたことを一秒でも早く記憶から消してしまいたい。あんたはゲイだということをハンデに感じて勝手に悲劇のヒロインぶっていただけだろ」
俺は今でも男が怖いのに!
そう言おうとしたが、こいつに恐怖を感じるのが馬鹿らしくて、いつしか恐怖で震えていた足が、怒りで震えていることに気がついた。
「俺は、絶対にあんたを好きにならねえし。今度はもっと抵抗する。それに――」
ほろりと言葉を零す前に、甘く胸が締めつけられた。
「俺が好きな人は、好きな人に無理強いするようなクソ野郎じゃない」
悔しいけれど、このクソ野郎に言ってやろうと思った。
「たった一瞬が、悪夢のように延々と胸を抉ることがる。あんたの最後のやりとりは、吐き気がでるほど恐怖だ。好きになるなんてことはねえよ」
「聖君……」
「それとは反対に、たった数日がかけがいのない時間だったって感じることがあるんだよ!」
たった一瞬がトラウマになるようにたった数日が愛になる。
馬鹿みたいだ。
連絡すれば会える距離だけど、その距離が遠すぎる。
それなのに未だに俺はあの人の事ばかり。
「……だからあんたが少しでも俺の事を思うならば、二度と会わないことだ。俺はそれができる優しい人を知っている」
俺が出て行く朝、わざと寝たフリをしてくれた人。
わざとむけられた背中に、抱きつきたくなった。
俺もあの人ぐらい、包容力のある大人な男になりたいと強く思う。
「聖くん……」
「同性しか好きになれねえってきついかもしれないけど、それを言いわけに他人は傷つけていいわけじゃねえ。自分は傷つけても相手は傷つけたらダメだ」
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