61 / 115

ゴー! ゴーゴゴー!④

散々、薔薇の花束で殴っておいて説得力に欠けるけどさ。 「次来たら、警察行く」 「……聖君は、そんなに可愛いのに格好いいね」 よたよたと起き上がった御手洗さんは、膝の砂をパッパッと落とすと、力なく笑った。 「君も恋人は同性なのに」 「は? ば、ち、ちげーし! 俺は今、恋人作ってる場合じゃねえし! てか、こいびと、いねーし」 「……あはは」 昔のように柔らかく御手洗さんが笑った。 ああなる前は確かに、こんな風におっとりと笑う優しい人だと思っていた。 人を好きだと錯覚して、ちょっとだけ壊れてしまっただけだ。 「スパッと君のことは諦めるよ。でも、許さなくても良いから謝らせて」 「許さねえし」 「うん。ごめんなさい。……どうか、恋人によって俺からの呪いが解けますように」 「……ばっかじゃねえの」 そんな途方もない願い。 て言うか、夏目さんとはキスはなんとなくされたけど、そんなこととか、あんなこととか、す、するつもりないし。 だた、――ただまた会いたいと思っているだけだ。 *** Side:夏目 拓馬 数か月で済めばいいと思っていた。 半年、一年、それ以上の長期は覚悟していなかった。 それは、会ったこともない相手に憎しみこそあれど同情する気持ちが一滴もないからだ。 花渡と二人、疲れた足を鞭打ちながら歩きやってきたのは自宅。 今は会長である社長と、母とたまに暇がいるだけの場所。 三メートルある煉瓦の壁をぐるりと回り込み、入口のセンサーに手を振ると、数秒で扉が開いた。 「あ、母さん、兄貴が帰ってきたよ」 庭で花を積んで冠を作っている暇と母がこちらを振り返った。 母は、暇を産んでから時間が壊れてしまっている。 今日は、少女のように無邪気に花で冠を作っているらしい。 暇の事は、自分の息子だと認識できているのか難しい。 祖父は、誘拐された母を探さなかったので、父が死に物狂いで見つけた時にはもう壊れていたのだから仕方ない。 「拓馬、花渡、ご苦労だったね」 ベランダから紅茶とクッキーを持って現れた父が手招きする。 安っぽい、動物の形をしたクッキーだ。 けれど、少女のように母は一個一個嬉しそうに形を見ながら食べている。 「……疲れました。まあ半年もかからないと思ってましたけどね」 「花渡君がそんな本音を漏らすなんて余程だったね」 「良かったじゃん。死んだんだろ? ざまーみろ」 ケタケタと暇が笑うと、母もけたけた笑った。 「ふふ。ざまーみろ、ね」 「そうそう。ざまーみろ。名前も顔も知らない誰かが死んだだけだから」 跡を俺に継いでほしいと言ってきた祖父……と呼ぶには何も感情が沸かない相手が死んだ。 ニュースにもなっているのでもしかしたら、聖も気付くかもしれない。 跡目がとうとう居ないまま亡くなった為に、葬式もどこの派閥が受け持つか揉めて警察が出動する騒ぎになっていた。 もう威厳も何もない、滑稽なただの暴力集団になっていた。 葬式を取り仕切る身内は、母しかいない。が、母が出て来れない事は知っている。 暇も俺も財産放棄し、話し合いに来る相手を片っ端から暴力で追い返し、警察に突き出しを繰り返した。 もう俺達を押す幹部なんて居ない。 「今日は、奥様に遺産放棄して頂きたく書類を持って参りました。……書けますかね?」 「大丈夫。私が一緒に書こう。みどり、おいで」 「……みどり?」 母はきょとんとしてから、あ、っと思いだしたかのように立ち上がった。 「怖い人がつけた名前辞めて、私、みどりになったんだっけ」 母がいそいそとペンを握ると、ひらがなでみどりと書いた。

ともだちにシェアしよう!