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ゴー! ゴーゴゴー!⑤

元気いっぱいな文字を母が誇らしげに見せてくるので、父が頭を撫でていた。 撫でられた母は嬉しそうに「きゃー」と言いながら庭に駆け出していく。 母は今、父に少女のように恋をしているようだ。 それを暇が目を細めて観察している。 「向こうは、誰が七代目を継ぐかの貢献争いで乱闘騒ぎがあったらしいな」 父が動物クッキーをぐるぐる動かしながら笑う。 「意識が朦朧とする前に遺書ぐらい書いてれば良かったのにな」 「遺書は俺が処分しといた」 像の形のクッキーを奪うと、父は一瞬だけ目を見開いたが嬉しそうに細める。 「一番跡目を継ぐのに有力だった奴がいたが、最近二番目と三番目の奴らも力を付けたと聞いた。誰か金でもくれてやったのかな」 「考え過ぎだ。もう俺達には関係ない相手だ」 「そうだな。苦しんで死ねとは思うけど」 あははーと呑気に笑いながらも、父はキリンの形のクッキーを真っ二つにしてパラパラと庭に巻く。 「粉々に散らばって、蟻に全部消して貰え」 多く語らず、穏やかにそう言う。 「父さん、俺の新作ゲイDVDどうだった?」 母さんが庭から戻り、ぱくぱくとクッキーを食べながら、首を傾げる。 一応女性の前でこいつは。 「ああ、今回はローションにモザイク掛って無くてよかった。口に咥えたゴムのパッケージもXLサイズって自社の商品だとアピールしていてよかったな」 「だろー! 兄貴も持って帰ってよ。撮影に超大変だったんだぜ。サウナなんてどこも許可下りなくて」 「サウナって何?」 「サウナって汗かく熱い空間なんだ。みどりも入りたいなら家に作ってやるよ」 父がそう言うと、母は少女のように頬を染めて喜んでいるのが分かった。 「俺は失礼する。花渡の処置が終わり次第、行きたい場所があるんで」 「お、恋人か」 「契約辞めちゃったもんねー」 花渡は鼻の頭を掻きながらため息を吐く。 「奥様が名前を変えてらっしゃるのでちょっとややこしくなりそうですが、社長の愛の為に急ぎましょう」 ……こいつまで人をからかいやがって。 「まあ、いい。全力で頼む」 「愛の為に?」 にやりと暇と父と花渡が尋ねる。 「ああ、愛のために」 母だけが、きょとんとした様子で俺を見ていた。 「孫が云々とか俺たちは言わないから安心しろ。みどりがこうして生きて俺の傍に居るだけで満足だ。お前たちの幸せは奪わない」 「最初から周りは気にしないって決めてるから」 俺がフッと傲慢に笑うと、父は爆笑した。 *** 車で移動しながら、花渡が淡々と伝えてくる。 「今日の聖君の予定は、四時まで着ぐるみで風船配りですね」 「風船配り……着ぐるみ……」 「人形越しに人と触れる練習らしいです。吾妻君が言っておりました」 着ぐるみを着て子どもに風船を配る聖を想像したら、吹きだしそうになる。 いや、可愛い。 めちゃくちゃ可愛いな。 健気にトラウマを克服しようとする聖を想像すると愛しくなる。 たださえこの二カ月、汚いどろどろした世界の中で同じく泥に汚れながら仕事をこなしてきた。 聖は、こんな俺を知って怖がらないだろうか。 血は繋がっていても、憎しみしかない祖父の死に悲しみもなく安堵している俺を、――異常だと思わないだろうか。 「で、聞いてます? 社長」 「なんだ?」 聞いていなかった俺に、大袈裟にため息を吐くとミラー越しに俺を睨みつける。 「四時からショッピングモール内でビンゴ大会があるらしく、その仕事の手伝いに回されたら18時まで拘束されますよ」

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