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それは甘い、恋の痛み。⑤
すりすりと俺の腰を労わるように擦ってくる。
さっきから地味にズキズキはしてるが、起きれないほどではない。
きっと俺の負担が少ないように拓馬が気を使ってくれたんだと思う。
「勿論。拓馬に学費を肩代わりしてもらってるし、サボったりしねえよ。バイトも今日は入ってるし。それに、バイト代から学費は――」
返済すると言おうとしたけれど、またキスされた。
「あの金は結納金だ」
「……結納金?」
意味が分かっていない俺に対して、拓馬は嬉しそうに笑った。
「まあ良いだろ。それより、体力回復するために肉食うぞ。昨日牛筋をとっろとろに煮たカレーを作ったんだ。ハンバーグもあるしハンバーグカレーな」
「ひ、朝からハンバーグカレー! 無理」
「いける。俺のハンバーグはやべえぞ、割った途端に肉汁がじゅわぁっとだな」
「無理!」
「だから大きくならねえんだぞ。喰え喰え」
お前は酔っ払いの親父かと突っ込みたいほど、朝から肉を薦められた。
「食ったら大学まで送ってやるから」
……朝から甘やかされすぎて、蕩けてしまいそうだ。
***
「めっちゃくちゃ拓馬と離れたくなかった」
去って行く車を見つめながら、そんな本音がこぼれてしまう。
学費払ってもらってるし返済してないし、行きたくないとは言えねえだろ。
でも大学に到着と同時に、部屋の中で流れていたあの甘い雰囲気がとこにもなくなった。
寂しい。
もっと一緒に居たかった。
24時間、ずっと一緒が良かった。
「朝から何を惚気てるんだよ。ったく」
吾妻が、机に突っ伏した俺を見て笑った。
「うっせ。拓馬の絶妙な甘やかし方っていうの? 俺がキスしたいとか俺が抱きつきたいとか、目を見た瞬間に分かってくれるあの感じ? ああああ思いだしただけでも胸が甘く痛む。会いたい」
「おーい。末期。昨日結ばれた癖にもう末期かよ」
ケラケラと笑う吾妻は、首に赤い花びらを散らし、腕に赤くこすったような跡があった。
「……吾妻は?」
「これは客! キスマークと縛るのが好きな……客だよ。客」
俯いて首を手で隠した吾妻には、それ以上何も聞けなかった。
でも縛られるとか、嫌なら仕事断ればいいのに。
「で、お前バイトいつまでやんの? 減らすの?」
話を逸らしてきた吾妻に対して俺は首を傾げる。
「もうすぐ就活始まるだろ。早く決めて、4年目は楽したいだろ」
「え、あ、そうだった」
すっかり忘れてた。
「まああんな安泰な会社の社長が恋人なら、そこに就職すればいいじゃん」
呑気にそう言うけれど、それって俺が努力したわけじゃないし。
「相談はして見るけど、俺は自分で探して考える!」
「は。コネあるなら使えばいいのに真面目だな」
「……」
今日も吾妻はちょっとヤサグレていて変だった。
昨日、一体何があったのか知らないけれど、何か悩んでいるなら相談してくれてもいいのに。
今日は俺にさえ拒絶オーラ満載で、縄張りに入ったらチクチクこんな風に攻撃してくる有様だった。
就職……かあ。
姉ちゃんにも相談しないといけないだろうし、その前にあの家で住む本当の理由もいつか姉ちゃんに話さないといけない気がした。
就職したら、今のバイト二つとも止めないといけない。
またがらっと生活が変わる。
その中で変わらないでとなりに居てほしいもの、日常は両手で持って行けないほどある。
……これから先、そんな変わる度に、となりの拓馬の居場所だけは壊れないで欲しいと思う。
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