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それは甘い、恋の痛み。⑦

「は? 嘘?」 「だって、お父さんが酔っ払ってお髭じょりじょりしても嫌がらないじゃん」 「信用してる人は大丈夫だよ。不意打ちとか知らん人とかじゃなきゃ」 「へえ。でも最近は大丈夫そうだね」 それは、拓馬のおかげだよ。 そう思ったけれど、言葉に出さすに微笑むだけで、俺は車に乗り込む彼の背中を見る。 去っていく拓馬の車に、俺と苺ちゃんは手を振ると仕事へ戻る。 ……気持ちを俺も切り変えなきゃ。 「人居ないし、休憩回しましょう。俺、廃棄品ゴミにまとめときますから」 「わーい! じゃあ、私いっちばーん」 肉巻きおにぎりを持って走って行く苺ちゃんに苦笑しつつ、俺は裏から出てゴミを纏めていた。 「や、やめてください。もう私達別れましたよね!」 けれど、よく知っている人の声に思わず足を止める。 「……姉ちゃん?」 住んでいたマンションの前で、姉ちゃんが誰かと言い争っていた。 「……てめえ」 気付けば俺は、ごみ袋を持ったまま走り出していた。 マンションの前で言い争っていたのは、姉ちゃんと御手洗。 御手洗の野郎、まだ諦めていなかったのかよ。 「うおおおおお!」 「聖!」 「聖君っ」 慌てる二人だったが、俺がごみ袋を振り回すと二人は距離を置いた。 なので二人の間に入って姉ちゃんを背に庇う。 「てめえ、俺の姉ちゃんに何か用かよ」 「ちが、その、彼女が仕事を辞めると聞いて、心配になって」 「お前の心配される筋合いはねえよ」 「……自分から裏切った癖に、いざ目の前から居なくなると思うと、気持ちに自覚したと言うか」 こいつ、おれにもごちゃごちゃ言い訳してたくせに。 姉ちゃんにもそんなごちゃごちゃ言うのかよ。 「お前が俺にしたことや、それによって散々姉ちゃんを裏切っていた事を忘れて、よくもまあ自分勝手なことできるな。傷つけた相手に気持ちを伝えて自分だけすっきりってか。あんたは何も変わってない。横暴で傲慢で、イイ人ぶったウンコ野郎だ!」 折角見た目は爽やかで悪くないし、家は金持ちなのに。 自分の努力ではなく、生まれ持って手に入れた環境を全く生かせてない。 「ゲイの恋人がいる君にはわからないよ」 うわ。 姉ちゃんにはまだ伝えていなかった(多分雰囲気ではばれていたかもしれない)ことを。 「俺は君とは環境が違うんだ。親の会社を継がなきゃいけない。同性の恋人じゃだめなんだよ、親に伝えても、――駄目だった」 「だからと言って、私は困ります。貴方、ただ今の環境を失いたくなくて、自分の気持ちを殺してるだけです。私は貴方の人生の犠牲になるつもりはありません」 はっきりと姉ちゃんは言ってくれた。 つまり、俺を育てる為に進学をあきらめたり、他の同年代の友達が遊んでいるときにはたらていたことを、犠牲だとは思っていなかった。 「姉ちゃんには、……俺は今からずっと恩は返して行くよ。でも、俺は恥じない。ゲイと言われても、いい。俺は恥じないし、環境をごちゃごちゃ理由に、――恋人を失いたくない」 自分のせいじゃないと周りが悪かったと、そう言い訳するのはきっと拓馬さんを裏切ることになる。 御手洗はその場に膝を落とし、項垂れたけれど俺は姉ちゃんの肩を抱いてマンションに向かう。 「次、姉ちゃんに付き纏ったら俺が許さねえよ」

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