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それは甘い、恋の痛み。⑩
思わず緊張して裏返った俺に、拓馬の手が近づく。
うわあ、やべえ。心臓破裂して死ぬかも。
目をぎゅっと閉じてやり過ごそうとしたがダメだった。
ひゅっと息を飲んだ瞬間、髪をくしゃくしゃと撫でられた。
「バイトで疲れてるだろ、先に風呂入ってこい」
「へ?」
風呂、先に?
「……一緒に入りてぇのか?」
フッとからかうように笑われたけど、俺は素直に頷いた。
すると、目を丸くして空になった缶を落とした。
「だ、ダメか……?」
俺も恥ずかしくて視線を彷徨わせると、拓馬は自分の前髪をくしゃくしゃと乱れさせて、小さく息を吐いた。
「今日は止めとくか。昨日の今日で理性が保てるほど、枯れてねえし」
「ぅっ」
断られるとは思わなかった。
頼めば、俺を甘やかしてくれると思ってたのに。
「な、何もしないぞ! ……俺は!」
「馬鹿か。いいから一人で入ってこい。煙草吸ってくる」
逃げられた。
別に、……俺は大丈夫って言ってるのに。
確かに、身体を裂くような痛みはある。
あんなすげえものを飲み込んだと思うと、自分の身体が信じられないが、でも拓馬は優しく慣らしてくれたから平気だったのに。
隣に座られるだけですっげえ心臓痛かった。
めっちゃ痛かった。
けど、今日色々ありすぎて身体に触れあいたかったんだ。
家族になれないけれど、恋人にはなれる相手。
環境や地位や年齢は違えど、俺たちはそれを埋められるって。
そう思って安心したかっただけなのに。
「……拓馬のばかやろー!」
「は? てめ、待てこら」
キッチンの換気扇の下で煙草に火をつけていた拓馬が眉間に皺を寄せた。
「年寄りくせえこと言わずにもっといちゃいちゃしろよ! ばーか! 禿げろ!」
「てめ、出来立てほやほや一日目の恋人になんだ、それ、まて」
「べー!」
恋する男心を揺さぶった拓馬なんて知らねえ。
……ベッドで首が痛むぐらい硬い腕枕してくらないと許さねえ。
俺は拓馬を信じてる。
周りが反対するからって理由で俺を突き離したりしない。
……結婚したいとか子どもが欲しいからって理由で別れたりしない。
でも、だったら甘えさせてくれても良いじゃん!
馬鹿。馬鹿おやじ! 親父の癖に恰好良いんだよ、ばーか。
頭からシャワーを浴びて、もやもやを洗い流し、湯船に浸かりながら実は来ないかなって期待したりした。
(……全く来ねえ)
「風呂ぐらい一緒い入ればいいじゃねえか。電気代だって浮くんだぞ、くそが!」
文句を言いながら脱衣所へのドアを開けると、煙草を片手に拓馬の姿があって閉めた。
……いつから居たんだろう。
「オヤジで悪かったな、マイスイートハニーちゃん。おいで」
言葉使いが気持ち悪いので、嫌な予感はしつつも睨みながら脱衣所へ向かう。
タオルを頭から被せられたと思ったら、力強く頭を掻き回された。
「今さっき、お前の姉さんから電話あった」
「うわ」
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