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それは甘い、恋の痛み。⑪

「……女を守る男は格好いいな。マイスイートハニー」 御手洗来襲事件がばれてしまったのか。ちょっと恥ずかしい。 「うっせ! 身内を守るのは当たり前だろ。俺だって此処まで大きくしてくれたのは姉ちゃんだし、姉ちゃんに守られてたし」 「まあな。でも女は力が弱いから、いざって時はタイミングを逃したらいけねえんだよ」 その言葉は、拓馬が自分の母親に向けた懺悔のように聞こえて、弱弱しく吐きだされたように感じた。 「俺は、御手洗みたいに生きて行く上で反対されても、拓馬と別れたりしねえ!」 「まあ、同意だな」 「だ、だから俺に遠慮するなよ! その、あのな! 拓馬!」 「ん?」 「二回目のえっちの誘い方、コツとか教えろよ!!」 緊張して、そわそわして、誘い方も雰囲気も糞もねえよ! 真っ赤になりながら怒鳴ると、拓馬は口に咥えていた煙草をぽろっと落とした。 「お前、っ」 片手で顔を覆うと、言葉を濁した。 なんだよ。何なんだよ。 「朝と言ってること違ぇし。馬鹿か。馬鹿」 「な」 「いいから、変に緊張とか遠慮とかしねえでいいから、ちょっと落ちつけ」 煙草を拾うと、脱衣所に置いてあった灰皿に捨てた。 ……良く見ると、どこにでも灰皿があるんだ。 脱衣所、キッチン、トイレ、寝室の窓辺。 今、一瞬だけ冷静になった瞬間、見えていなかった拓馬の事が見えて分かった。 ……そっか。 「ちょっと色々とあってぐるぐるしちまった」 「だろうな。あかりさんがそう言ってた」 「……忘れて」 「忘れないけどな」 もう一度髪を乱暴に拭くと、両手で頬を押さえられて強制的に顔を上げさせられた。 そして、啄むだけの優しいキスをすると、堪えるように笑った。 「そうだな。……ちょっとだけ俺の方が長く生きてるから、聖が青臭く悩んでても愛しいとしか思わねえから、何でも相談しろ、いいな?」 何に悩んでいるのか知らない癖に。 いや、悩んではない。 ただ、この胸を焦がす衝動。 ただ、拓馬の傍に居たいだけなのに甘く痛むこの理由。 名前が全部付かないから、焦ってしまっただけなんだ。 「……拓馬、風呂は?」 「ああ、入る」 「じゃあ良い子で待っててやるから、さっさと入ってこい」 生意気な発言も、拓馬には笑ってお終いだ。 「ああ、待っててくれ、マイスイートハニー」 ニヤニヤと笑ったあと、いきなり抜きだしたのでぎょっとした。 逞しい背中に、猫に引っかかれたような薄い傷が何か所もあって、慌てて飛び出してしまった。 あの傷、なんだ。 びっくりした。 俺のせいじゃねえよな? ぺたぺたと廊下を歩いていて、そう言えば俺のスリッパどこ行ったかナって、寝室に入って見渡し、ベッドの下を覗いてみた。 「!」 今度はベッドの下に、業務用の大きなローションを見つけて飛び上がってしまった。 や、これは会社のだろ。ずっと前から此処にあったはずだ。

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