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それは甘い、恋の痛み。⑫

今朝までイチャイチャしていた部屋だ。 なのによく見たらシーツの色が変わってるから、新しいのに変えたんだ。 こっちの拓馬の部屋には何も会社関係のアダルトグッズはないと思っていたけれど、意外とある。 昨日使ったローションとかゴムのパッケージとか、……ベッドの下に片付けるなよ! もっと見えないところに仕舞ってくれよ! 相談どころじゃねえよ、落ちつかねえよこの部屋。 拓馬の部屋。 ベッド、枕、物がほとんどないちょっとさびしい部屋。 そこに当然とばかりに俺が現れた。 変な感じがする。 シーツに顔を埋めると、少し煙草の残り香がした。 いつか、俺にも匂いが染みつくのかもしれない。 枕を抱きしめて、ドキドキと落ちつかない俺の身体を丸く小さくしてから拓馬を待つ。 風呂からあがったら、今度は変な気分にならないからイチャイチャさせてほしいし、それによって少しだけ今日の気持ちを伝えようと思う。 *** Side:夏目琢磨 自分の親を見て、普通の家族ではないにしろ、父親が母親を守る姿に自分も女性は守るものだと学んだ。 が、余りにも弱くて自分でも守れるのか、漠然とした不安はあった。 暇だって、無理してるんじゃねえか。 一本でも張り詰めている糸が切れた瞬間、あいつは壊れるんじゃねえか。 周りの人間が弱い奴らばっかなので、必然的に俺は自分で自分を守る術を身に付けたし、修羅場でビビらねえ自信はある。 自分を守るのに、地位や金、学力、身につけられる装備は全て身に付けた。 きっと最強の装備だと思う。 じゃあ、俺に足りないのはなんだ? 「拓馬!」 ポタポタと髪から水が滴り落ちる。 シャワーを浴びながら考えていたもの、こと、時間。 脱衣所の扉を開けた瞬間、足りないものが現れた。 「ベッドで待ってたら眠たくなってさ、次は俺が髪を拭いてやるよ」 屈託なく笑う。 甘えてくる。 弱いくせに芯は強くて、俺以上に頑固で実は色々と考えている。 「拓馬?」 不思議そうに俺の顔を見上げてくる。 安心しきったその顔。 その顔が、愛らしく愛を囁くかと思えば大胆に抱きついてきたり、生意気な発言をすると思えば、こっちの理性を崩壊させるような爆弾を言ったりする。 「俺、就職したらやっぱ一回、ここから出ようかなって思った」 「は?」 部屋に入った瞬間、押し倒したい衝動を諌めようと両手を力強く握りしめていた時だ。 真剣な面持ちで聖はそう言った。 「大学生の身では、部屋借りてバイト代が部屋代に消えるよりは、姉ちゃんや拓馬に返したいし。……やっと一緒に住めるから離れたくないって理由で甘えたいけど」 思わず抱きしめてしまいたくなるような事を、自覚なしで言うのが怖い。 若さからなのか、聖の素直な性格からなのか分からねえけど。 「俺の家なんか部屋はいくらでもあるし、別に出て行くことはねえよ。就職だって」 「待って。就職とかは俺、自分で頑張るから! 拓馬のコネとか使わないんだから」 俺が紹介してやるし、なんならウチの会社に来いと言いたかったのに先を越された。 が、身体を震わせて興奮しているようにも焦っているようにも見える聖は、――危うげだった。 「聖は、昨日今日、自分の世界観をぶち壊して、同性である俺らが恋人になったことで焦りや不安を感じたのかもしれねえけど」

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