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それは甘い、恋の痛み。⑬
「そ、そんなつもりはねえよ! ……俺は姉ちゃんに認めてもらってるし、ただ、こう、自立して一人前になっておかないと、ダメになってしまいそうで」
「ふうん」
ベッドに座った聖の顔が、今朝よりも大人っぽく感じた。
が、隣に座っただけで、ベッドに軋むと同時に身体を大きく強張らせやがった。
……襲ってやりてえが、何か話したいみたいなので我慢しなくては。
「お前が何をしたいとか、何を考えてるとか、聞いてやることはできるし俺が駄目だと言う権利もねえけど」
その言葉に一瞬顔を曇らせた。
キツイ言い方なのは自覚あるが、別に今は怒ってるわけではない。
「一つだけ言わせてもらうけど、俺は全力で甘えてくればいいと思ってる」
「へ?」
「驚くことじゃねえだろ。俺はお前の姉さんにも援助は惜しまねえよ。それは同情とか偽善からじゃねえよ。親から平等に貰えるはずだった学業の場を、お前らは貰えなかった時間が長いんだ。金に余裕がある俺がその時間を用意できるんなら用意する。今はお前らの貰えなかった時間を埋める時だ。甘えてこい」
捲し立てるように、聖に考える隙を与えないぐらい早口で伝える。
目を丸くした聖は、くしゃっと崩れた笑顔に変わる。
「何それ、男前すぎるじゃん」
格好良すぎ、と豪快に笑うと、ようやく表情を崩した。
「……じゃあお言葉に甘えて、俺、ここに暫く居ようかな」
「暫くじゃねえよ、一生だ。馬鹿」
乱暴に濡れた髪をくしゃくしゃすると、聖は耳まで真っ赤になった。
「でも、だって、さ。普通は男の事を男は好きにならねえじゃん」
「普通なんて安っぽい言葉になんの価値がある」
「……怖くねえの?」
何が怖いのか。
聖の中にある、漠然とした不安とか考えとかは俺にはきっと理解してやれない。
親がアダルトグッズの会社の社長で、母親はヤクザの家から逃げ出して壊れてる。
弟はヤクザの敵対している組側の誰かが父親で――。
そんなクソみたいな世界で生きてきた俺には、聖を好きになれたことだけでも満たされている。
今さら普通って言葉は要らねえ。
「怖くはねえが、聖が怖いって言うなら吐きだせばいい」
聖は一瞬、喜べばいいのか分からない様な複雑な顔で俺を見た。
そしてころんとベッドに転がる。
「吐きだして甘えるから、拓馬もたまには甘えてくれる?」
「あ? 俺がお前に?」
びっくりして顔をしかめると、聖は苦笑した。
「うん。拓馬って誰に甘えたことがあるのか全然想像つかないし」
確かに甘えるなんて、考えたことも無かった。
頼られる方が性にあってるしな。
そんな俺に甘えろと言ってくるこいつに、俺の方が苦笑した。
いや、苦笑したはずが、蕩けんばかりに笑ってしまったらしい。
すぐさま俺も横になると、硬い腕で枕を作って聖を寝かせた。
「お前って結構大物だな」
「だろ。拓馬より良いところに就職してやる」
にやっと笑ったが、ぽつぽつと話しだした。
将来の事、御手洗に今日出会って価値観を揺さぶられたこと、俺の事、自分の事。
聖は、まとまらない言葉を拙い表現で必死に喋っていた。
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