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恋人生活①

就職活動が本格化してきて一カ月。 バイトの時間は減らしたり夜勤にしたり、その分、家に帰ると拓馬がご飯作ってくれてるから嬉しかった。 けど、家賃はなかなか受け取ってくれないし、風呂掃除ぐらいしか俺はできないし。 ……就職活動の為に会社のセミナーに行くけど、俺に働けるのか意味分かんないし。 そもそも俺、大学出てから何がしたいのか漠然として全くわからない。 収入の多い企業、倒産しないだろう大企業ばかりセミナーを受けるが、受ければうけるほど周りは一流大学だし雰囲気も違う。 俺って、今まで散々姉ちゃんに甘えてきたんだなあと痛感する日々だった。 「……聖、大事な話があるんだが」 「え、何?」 皿を水で濯いで、食器洗い機に突っ込んでいたら、拓馬が真面目な顔で俺を見ていた。 最近バイトが多すぎるとか? 家の家事をもう少ししろとか? 「お前の着てるスーツは、若者のメーカーか?」 「え、メーカー?」 俺は帰ってきたままのスーツ姿だったことに気付き、首を振る。 「これ、ブランド品じゃねぇよ。近くのスーパーの二階で一万円ぐらいで買った」 「は?」 「成人式用に買ったから、漸く一万円の元がとれるというか」 「馬鹿か」 「え?」 「スーツぐらいちゃんとしたの持ってろ。そんなピッラピラのやっすいスーツで就活して成果でるわけねえだろ」 「ピッラピラの安いスーツ……」 そう言われて、なんだか胸が痛くなった。 一万でも、当時姉ちゃんに買ってもらうのは申し訳なかったのに。 「あー、いや悪い」 「ううん。拓馬はいつも良いスーツだもんな。でもどんなスーツがいいのか俺にはよくわからねえし」 急に拓馬の前でこのスーツ姿でいるのが恥ずかしくなった。 拓馬のスーツはイタリア製でブリオーニやアルマーニ、ベルヴェストとかなんかそんなブランドだったはず。庶民の俺とは違うのは知ってたんだけど。 「で、お前のスーツを買いに行きたいんだが、予定をいつ空けれるか?」 「いい! いいって、俺このスーツでいいから」 「――このスーツは今から俺に脱がされて当分クリーニング行きだ」 拓馬がにやりと悪魔のように笑った。 「えっと」 それ、本気? そう聞こうと思う前に、ソファから拓馬が立ちあがった。 うわあ。 最近、バイトと就活でそんな雰囲気になる前に俺寝てたから、その何日ぶり? 4、いや5日? 拓馬に触れられる喜びと、久しぶりでどうしようと慌てる脳内のせいで固まった。 が、拓馬はお構いなしにお色気全開で俺を見下ろしやがった。 「……ネクタイの解き方と結び方、両方教えてやろうか?」 「な、拓馬が言うと、すげえいやらしいんだけど」 と言いつつ、既に俺の胸は早鳴りすぎて、五月蠅い。 拓馬の指が俺のネクタイの結び目に引っかかった瞬間、腰が抜けそうになるほど期待してしまった。 あああ、同じ男なのに俺ってば余裕無さ過ぎて泣けてくる。 でもちょっと強引で意地悪な顔してくる拓馬が、めっちゃ好きだ。 顔が近づいてきた瞬間、咄嗟に俺は食器洗い機に入れる途中だった皿をお互いの顔の間に統べり込ませた。 「あのさ!」 「あ?」 焦らされて不機嫌になった拓馬が首を傾げる。 「ちゅ、中途半端に終わらせるなよ!」

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