94 / 115
恋人生活⑤
Side:夏目 拓馬
ああ、やべえ。
もう止めよう。
これ以上は駄目だ。
我慢しよう。
そう何度も思ってブレーキを踏むのに、挑発して誘ってくる聖に、ブレーキを壊される。
どうしても片付けたい仕事があったから渋々出勤したが、聖はせっかくの休日なので自分の荷物を整理したり、履歴書を書いておきたいらしい。
夕方には俺が見繕っておいたスーツが届くはずなのは内緒として、最近俺の大人としての理性のリミッターがどこにも見当たらなくなっていた。
大人として、俺はあいつの手本になれるように。大人として、見本になれるように。
導く大人にならなければいけないのに、俺は本当に好きな相手が出来ると馬鹿になってしまうらしい。今、聖に俺はどんなふうに映っているのだろうか。
少し心配になるぐらい、大人としての理性が存在してくれていない。
***
出勤してすぐ、この情けない俺の、機能していない頭を動かすために花渡に確認しなければいけないことがあった。
「おい、花渡」
「なんですか?」
面倒くさそうに言われたが、怯むことなく見る。
が、今日は駄目だ。大きな溜息が出てしまう。
「例えばなのだが、聖が公務員を目指してるとして――」
「ああ、彼なら安定した職を望みそうですね」
「その場合、身内にアダルトグッズ会社社長がいたら身辺調査でダメになったりしねえのか? 俺はしかもヤクザの一応の孫になるしな」
ちらりと聖が今日、公務員試験についても話していて気持ちが重くなる。
が、花渡は俺を冷たい目で一瞥した。
「そもそも貴方と聖君は身内じゃないし、身内になれないでしょ」
花渡は、馬鹿な事をいうなと一蹴りだったが、俺にとっては目から鱗な言葉だった。
……身内になるつもりでいた自分に笑いがこみあげてしまう。
悲観してるわけじゃなくて、聖といると本当に身内になれるんじゃねえかとか、もう結婚してるつもりでいた。
そんな自分に笑ってしまう。
「何をニヤニヤしてるんですか、気持ち悪いですよ?」
うんざりげに言われて、俺は片手で両目を覆うと吹きだすのを堪えられなかった。
「ああ、すまねえな。恋人ってものはいいなあと思ったら笑ってしまって」
「浮かれすぎですね」
「本当に、――恋人はいいぞ?」
未だに独身で、浮いた話の無い高学歴高収入男に惚気てしまう。
「別に、男でも女でも、愛せれるなら、幸せだ」
「……浮かれるのか勝手ですが、どうか会社を傾けないようにお願い致しますね」
ふんと鼻で馬鹿にされたが、しばらく顔がにやけて大変だった。
公務員でも問題はねえな。
スーツで毎日出勤して、金曜日に滅茶苦茶にしてやるのも悪くねえ。
聖が後悔しないように頑張ればいい。俺はそれを支えてやるよ。
――恋人として。
ともだちにシェアしよう!