95 / 115

恋人生活⑥

そんな事を考えながら、聖を迎えに行き、そのまま俺の行きつけのブランドへ連れて行った。 「たっけ! 俺の三カ月分のバイト代じゃねえか! たっけ」 「……お前なあ、二階は貸し切りとは言え就活中の男がそんな言葉使いは幼すぎじゃねえか?」 事前に聖のサイズを言っておいたので、二階に上がると既に何着も壁にかけられて用意されてあった。 イタリアのスーツブランドだが、靴から鞄まである。 それにサイズを測って仕立ててももらえる。既に発注してあったのが、もう店に届いていたので、それに合わせてそろえる予定だった。 だが、お気に入りの店だというのに、聖はカチコチに固まっていた。 「……た、拓馬だって言葉使いは乱暴じゃ……ですよ」 言い直しながらも恥ずかしかったのか真っ赤で、可愛い。 「俺は成功してるから。貫禄とでも言ってもらおうか。――すまない。このスーツとこのスーツ、ここで試着してもいいか?」 オーナーに確認すると、試着室のカーテンを開けてくれた。 流石の接客に満足だが、聖はオーナーよりも深くお辞儀し、その後試着室の段差に躓くほど緊張している。 「ああ、片手だけでも10万はするんだろ。袖通せないってば」 オーナーに聞こえないような小声で俺に助けを求めるが、その小動物みたいな姿が可愛いなんて言えない。 「……何で緊張するんだ?」 「自分の立場で考えてみろよ。肩袖でヒレステーキ何キロ食べれるんだよ!」 「考え過ぎだ。試着が嫌ならば今日用意してもらったスーツ全部お買い上げだ」 「し、信じらんねえ」 「お前の大学の学費とほぼ変わらないぐらいの値段になるぞ、いいのか?」 「良いわけねー!」 真っ赤になったり泣きながら袖を通していく。 それをにやにやしながら見ていたが、聖は顔が甘めというか可愛いせいか、 キリっとしたスマートな原色より、ちょっとぼやけた淡いテイストの方が似合うようだった。 しかし聖が一番気に入っているのは、似合わない黒のスーツ。 ……髪を弄って靴や装飾品で誤魔化せばいけるか? ちらりとオーナーに視線で助言を頼むと、すぐに察したのか黒のスーツのために装飾品を探しだした。 「その黒が一番似合ってるじゃねーか」 何も知らない聖は、俺とオーナーにそう言われ、恥ずかしそうだが微笑んだ。 「その黒と、向こうのストライプのやつと、あと発注していた奴」 さっさと三着決めたがその頃には、聖の顔は満面の笑みになっていた。 「ありがとう、拓馬」 さっそく黒のストライプのスーツに着替えさせ、適当に髪を捩じってたたせてセットし、予約していたレストランへ向かう。 周りからは、就職祝いに豪華なレストランではしゃぐ弟と、満足げに微笑む兄と見られていそうだ。 「喜んでもらえたならそれで満足だ」 にやりと笑うと、聖は申し訳なさそうに下を向く。 車できたのでワインは飲めなかったが、ノンアルコールのビールを飲みつつ、牛タンステーキを食していると、ぼそぼそと何か言っているのに気づいた。 「なんだ?」 「こ、このお礼は、か、身体で払うから!」 「ぶっ」 汚ねえ。危うく牛タンにかかるところだった。 個室だったから良かったものの、何を言ってやがるんだ。 「馬鹿か」 「だ。だって、そう言えば喜ぶって、吾妻が……」

ともだちにシェアしよう!