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恋人生活⑨

「金の心配はしないでいいのよ。私だって仕送りできるし、恋人の夏目さんが金銭面でも面倒見ますって言ってたし」 「……二人に金銭面で負担かけるぐらいなら今から働く! 今できる範囲でしたいことをするだけ。もし何年かして資格欲しくなったら自分の金で貯金する」 「……すごいわねえ。アンタがそんな大人な発言しちゃうなんて。愛に力は偉大だわ」 「そ、そ、そーだろ。だから姉ちゃんもさっさとイイ男捕まえて来いよ!」 「もー! 私は当分いらないってばああ!」 ばしんと背中を叩かれて大きく揺れた。 慌てて上体を起こして姉ちゃんを睨みつけようとして、固まった。 カフェの入り口で、腕を組んで立っているイケメンを見つけたからだ。 「あ……っ」 なんでここに拓馬が? 大学の近くだから夏目さんの会社からは遠いのに。 よくよく見れば、常に不機嫌そうな顔が更に不機嫌そうになってる。 「た、たくま?」 「愛の力の前から、聖は意外としっかりしてたけどな」 「あ、あら、やだ。夏目さんったら」 「あかりさんにこいつの書類等渡したいものがあって、下宿先に寄ったんですよ。そうしたら、此処だって聞いて」 「よく来るカフェなんです。うふふ」 何か察したのか姉ちゃんはお金だけ置いてすたこらさっさと逃げていった。 その俊敏さは、まさに風のごとく。 「……」 「すいません、珈琲」 何故か姉ちゃんが座っていた席にどかっと座ると足を組みながら、まじまじと俺を見ている。 「あの、拓馬」 「ん?」 「どこから聞いてたんだよ」 珈琲を飲みながら平静を装って聞いていたが、珈琲の味が全くしない。 「ボーっとしてどうしたのって辺りからかな」 全部じゃんか。そんな長時間、怖い顔で入り口にいたら、営業妨害じゃん。 「気付いてたんならさっさと声かけてくれよ」 「タイミングを待ってたんだ。盗み聞きするつもりじゃなかった」 悪いな、と悪びれもせずに言うと、無言になった。 「聞いてたならばらすよ。俺、子どもの奨学金とかボランティアへの取り組みに積極的な会社に就職考えてる」 「へえ」 「拓馬に言ったら、大学編入資金出すとか言われそうだったから言えなかったけど」 「……出さねえよ。そこまで甘くねえ」 「本当かよ」 「俺の会社でそのボランティアや奨学金制度を作って誘惑したかもしれねえけど」 アダルトグッズ会社が子どもの為の奨学金やらボランティアって似合わなさすぎる。 「気持ちだけもらっとく」 「そうしろ」 不機嫌そうだったけれど、それ以上は言ってこなかった。 多分、自分の不必要な発言で俺の就職先やら未来への進路を揺さぶりたくないんだと思う。 「今日はバイトは?」 「ん。着ぐるみのバイトは昨日で最後だった。コンビニは今月まで」 「……楽しそうだったのに残念だな」 家から離れてしまうし、なかなかコンビニにも行けなくなると思うと寂しいものはある。 けれど諦めなければいけないこともあるんだ。 これからさきも、きっと。 何度も別れや出会いが繰り返されていく。 「今日の夕飯は牛筋をとろとろに煮込んだビーフシチュー作っておいてやる。 「わーい! 楽しみにしてる!」 相変わらず、肉を使うレシピはなんでも得意だから凄いと思う。

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