10 / 132

ニ、百万円です。③

「はあ?」 セックスもエロイこともしないで、一晩百万? 驚いた俺に、暇が人差し指をゆらす。 「これは別に、吾妻へのお礼とか報酬とか、妥当な賃金ってわけじゃないんだ」 なんだそりゃ。ますます意味がわからない。 「この値段は、俺が初めてゲイ男優として貰った給料なんだけど、――捨てたくて」 暇は俺に手を差し出す。 「なんもしないで百万貰うのが申し訳ないなって思うなら、この汚い身体で抱きしめさせてよ」 「……別にいいし。それに、別に汚くないし」 俺は暇の手を取り、車から降りた。 暇は、俺の返事が面白かったのかクスクスと笑っている。 どうやら俺の返事をお気に召したようだ。 「あ、別に俺が寝静まったあとなら、あの玩具使っても良いよ。ただ、一晩は絶対俺のモノになって」 「まあ、そういった依頼なら構わないよ。一晩中えっち、っとか言われたら100万じゃ安いかもだし」 「うっわ。流石、貴族の末裔様っ 超ウける!」 下品に笑いつつ案内されたのは古館を改装した、静かで上品なホテル。 入ってすぐに大きな階段があり、踊り場には色とりどりの花が描かれた絵画が飾られている。 少し薄暗い館内に、踊り場の窓から映える満月。 まるで夜の海を泳ぐ花畑のようで、異質な空間だった。 「俺、此処の部屋が落ちつくんだよね」 通された部屋は、高級なホテルのスイートルームには及ばないが、古臭さはあるもののアンティークのベッドや装飾に、雰囲気は悪くなかった。 部屋中の壁に、いろんな海の絵画が飾られている。 暇は海が好きなのだろうか。 海の絵に憧れや安息を抱く人の深層心理ってどうなんだろう。 クラゲが泳ぐ海外の下に、鳥かごの様なベッドが置かれていた。 柵が深くて、しかもベッドも丸い半円型。 けれど暇はそのベッドにダイブしてごろんと天井を見上げた。 「やべえ。この部屋から出たくない」 「……お金持ってるんだから、自分の部屋もそんな感じにしたらいいじゃん」 「えーだって、そんなことしたらって、待った!」 俺も隣に行こうとしたら、片手が飛んできた。 「一緒になるんだから、脱いで」 「脱ぐの?」 「うん。全部脱いで」 まじかよ。 まあ100万もらうんだから裸ぐらいいいけど。 「ムラムラしてこないの?」 「うーん。この部屋でえっちはしたくないなあ。神域だから」 「あっそ。ならいいけど」 ぱさりと足元に落ちて行く服を、まとめてソファへ置く。 すると暇はクスクスと笑った。 「……何?」 「いや、躾けが行き届いてるなあって。ほら、服を脱ぎ散らかさない感じが」 「そう?」 「で、畳まないで無造作にソファに投げる感じが、見た目と違って大雑把。きっと親が畳んでくれるんだろうなあ」 暇の言葉は悪気がないのはかんじられるんだけど、皮肉っていうのかな? 言葉の端々に、俺が恵まれた環境で自分の環境を下げている気がする。 そんな部分が、花渡に似ていると思った。 「よく分からないけど、アンタのこの聖域で、アンタとえっちしたら面白そう」 「吾妻は、壊したくない大切なものもないのか。いいね。生きやすそう。来てよ」

ともだちにシェアしよう!