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ニ、百万円です。⑥
情にほだされたというか。
一人にしてはいけないような気がした。
暇はずるいやつだな。金なんかなくても、俺は多分、こいつが放っておけなかったと思うよ。
「さて。暇のお願いを聞く代わりに、俺もなんとかしないといけないんだよ」
暇がジーンズを穿くポーズのまま俺の方を見る。
なので俺は札束を仰いで見せた。
「税金。土御門家の専属弁護士に聞かなきゃいけない」
「面倒だよな。俺も兄貴の会社の税理士に丸投げしてる」
「金が欲しくて始めたわけじゃないからさあ。あ、送ってほしい」
最寄り駅ではなく、暇に送ってもらったのは家の近くの駅ではなく、デートクラブ『ハーツ』でもない。
今にも崩れそうな土の壁がぐるりと囲む、お化け屋敷。
「兄貴! うらのおばあちゃんがまた野菜くれたぞ!」
式部ちゃんの声と、どかどかと大きな足音が渡り廊下から聞こえた。
ひょいっと入口から見ると、ビニールいっぱいに大根とキャベツが入っているのを両手で持っていた。相変わらず逞しい。
「へえ。まだこんな屋敷に住んでるんだ」
「わ、馬鹿当主!」
「式部ちゃん、あのさ」
「兄貴、馬鹿当主が来たぞ!」
俺を見るや否や、露骨に嫌な顔をした式部ちゃんは、そのまま台所の方へ向かう。
はっきり言って、俺は中性的な顔で見た目は悪くない。
悪くないどころか、男女ともにモテている自覚はある。
なのであそこまで俺の事を嫌う人は新鮮だった。
「こんな時間に何か用でしょうか?」
じいちゃんの書斎だった場所から、障子をあけて花渡が顔を出す。
濃い紫色の着物で、妙に鎖骨がむき出しで色っぽくて息を飲んだ。
「ちょっとお仕事をもってきてやったんだよ」
視線を逸らしつつ、100万が入った封筒を差し出す。
「この大金は?」
「話せば長くなるんだけど、売上げ。で、管理頼んでも良い? なんならこの屋敷の維持費に使っても良いし」
「……は?」
花渡の目が、俺をゴミのように見る。
その、人を蔑んだような目。
なんて言うんだろう。
むかつくのに、息を飲むぐらい艶やかだった。
「すいません、式部。しばらく席を離れてくれますか?」
隣の部屋でテレビを見ていたらしい式部ちゃんは、テレビを消さずに立ち上がった。
「昼ごはんは?」
「お、食べる!」
「あんたに聞いてないし。私、台所の方に行くから」
ツンツンと冷たくされて吹きだしていると、不意に目の前に影ができた。
ぴしゃんと障子を閉められ、胸倉を掴まれたまま俺は花渡に捕まえられていた。
「一晩で、百万……ですか」
切れそうな、頼りげの無い糸が、ゆらゆらと揺れている。
何か俺が刺激するような発言をすれば、簡単に切れてしまいそうな、細い糸。
「ああ、えっちしたと思ったの? 俺が百万で身体を売ったって?」
怒りで取り乱す花渡が面白くて、掴んだ腕を掴み返す。
「綺麗な俺が、馬鹿なことして身体を汚したって怒ってるの?」
にやにやと笑う。
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