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ニ、百万円です。⑧
「……擦りながら言うなよ」
「だってそんな顔してますよ。100万なんて要らないから――抱かれたかったと」
そんわけあるか。
たった一晩一緒に寝て、そいつが何者で何を考えて、どうして俺がいいかなんて言ってもなかったのに。
なのに、有無を言わさず動かされる快楽に、口を片手で隠して左手で壁を握り締めた。
「っく」
古臭い匂いのする部屋だと思ったら、壁が土みたいにざらざらしてる。
壁を強く握ってやり過ごそうとしたら、パラパラと土が落ちて行った。
こんな崩れてしまいそうな、形だけ大きな屋敷にいるなんて。
見栄でしかないような気がする。
口でしたことないなんて、まるでプライドをずっと守っていたような口調で、じゃあなんでアンタは簡単に俺のを咥えたんだ。
「……確かに、あいつはお前と違ってセックス上手そうだった。ああ。上手いか。ゲイ男優だし」
苦し紛れに笑ってやる。
それでも俺からは触らないまま、手でいとも簡単にイかされた。
「――っ」
多分数分ぐらいだったと思う。
早すぎて、笑いさえ起きなかった。
「なあ、貰った野菜で掻揚げと大根おろし作ってやったぜ。薬味いる? ってか冷たいうどんでいいよな?」
足でスッパーンと障子を開けた式部ちゃんが、露骨に眉を顰めた。
花渡は手を洗いに行き、俺はテーブルに突っ伏していたから。
「……なんか臭う」
「どっちの意味で、だよ」
「は?」
式部ちゃんが苛々と吠えるが、俺はイッたあとの賢者タイムを、ゆらゆら船を漕ぐように余韻に浸っていた。
俺も。
男にイかされるのは、初めてだ。
「……ご当主さんよ、メシさっさと食べてくれない」
「式部ちゃん、俺が大学出たら結婚しちゃう?」
俺が顔も見ずに言うと、お玉で思いっきり頭を殴られた。
お玉に頭を抉られたんじゃないかってほど、ジンジンと痛む。
「あんた、私に興味ないだろーが。しっしっ」
「えー式部ちゃん巨乳だし可愛いし、俺は好きだよ」
今は花渡より、式部ちゃんに反応したくて。
正常に戻りたくて。
でもちょっと壊れてしまった俺の心は、快楽を知って止まらなくなっていった。
***
「うわ、めっちゃ美味しい。新鮮な野菜だからかな」
「本当むかつくな。私が料理うまいからだろ」
「あはは」
式部ちゃんにお玉を振りまわされたのでちょっと身体を避けてうどんを啜っていると、長く手を洗っていた花渡が戻ってきた。
「長かったじゃん。抜いてたの?」
「きもっ。人の兄にセクハラすんなよ」
「――吾妻さん」
否定もしない花渡だが、先ほど乱れた着物の合わせが、息苦しそうなほどきつく締め直されていた。
「なに?」
今度、着付けも習ってみようかな。
その方が、着物の人を脱がせやすいじゃん。
というか、花渡は一通りの教養はあるし、着物の着付けもきっと祖父に習ったんだろう。
そう思うと、ただの慰み者として引き取られたようには感じられなかった。
聞いてしまえば済む話なんだけど、そこまで聞いた後俺はどうしたいのかと首を傾げてしまう。
自分でもこの男に惹かれるくせに、どうしたいのか想像できない。
「聞いてますか?」
「あ、聞いてなかった」
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