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ニ、百万円です。⑨

目の前で何かムスッとしてる綺麗な顔の男に、俺はにこっと笑って告げると眉をしかめられた。 ムスッとしてても絵になる美形だなって。 「通帳を作って頂きたいのですが、それはいかがですか?」 「えー。親に見つかったら面倒だか花渡が持っててくれるなら。うちの親、ベッドの下とかも勝手に覗くんだぜ」 キンと一瞬空気が凍りついたけれど、すぐに式部ちゃんが豪快にうどんをすすってその空気を壊した。 「当然です。私は今は貴方の犬ですので、その通帳を盾に家族にばらすぞと脅したりしません」 「犬ならそんな脅迫じみたこと言わないだろ。足ぐらい舐めてみろよ」 「お望みならば」 意味深な、ちょっと誘うように口元を歪ませた花渡に、思わず喉を鳴らしてしまって式部ちゃんに足を思い切り踏まれた。 「まあ信用するよ。毎回、その日の朝に金を置きにくることにする」 「いえ。こっちに足を頻繁に運ぶと怪しまれますので、私が会いに行きます」 花渡が会いに来る。 ただの業務なのに、花渡が俺の為に動く。 それだけで笑いだしたいほど気持ちが良かった。 **** Side花渡  予兆。 着物の合わせをきつく締めても、逃げられない。 季節を感じられない、そんな朝が一番嫌いだった。 季節は移ろうのに、それはゆっくりで。 急に明日、秋になります。春になります、と宣言してから変わったりしない。 ゆっくりと色が褪せて秋になり、ゆっくり枯れて冬になる。 じゃあ今は、ゆっくりと暑くなっていく期間で、春ではないし夏なんてまだ先。 中途半端な時期が一番不快で、嫌いだった。 それでも、トラブルや、心を不快にさせる要件を持ってくる人よりもましなのかもしれない。 前当主には、――生き返らせてもらった。 居場所が無かった私を、妹と一緒に引き取って頂けた。 だからもちろん、前当主の為ならばこの人生をかけて支えたいと思った。 そこに愛欲はない。 敬愛しか。 なのに。 「ちょっとお仕事をもってきてやったんだよ」 突然、100万が入った封筒を差し出された。 「この大金は?」 「話せば長くなるんだけど、売上げ。で、管理頼んでも良い? なんならこの屋敷の維持費に使っても良いし」 「……は?」 目の前に突如ゴミが現れた気がした。 つい、蔑んだような目を向けてしまう。 どうして恵まれて生きてきたくせに、そんなことをしてしまうんだ。 どうして……。 そんなに綺麗な顔で。 どうして汚れたがるのだろう。 そう思うと、こっちサイドにもっと落してやりたくなった。 やったこともない口淫で相手を挑発し、下手だと言わせた後に手でイかせた。 「んっ くぅっ」 吐きだす甘い声が、綺麗な彼を大人にさせていく。 誤魔化して笑っておいたけれど、私はその彼の声や息遣い、表情に反応していた。 ザーッ 手を洗うはずだったのに、気付けば反応し硬くなっていた熱棒が頭を持ちあげていて止まらなかった。 声を漏らさないように、着物の端を口に咥えて、壁に凭れながら彼を思い出して自分を慰めた。 「――んっ んん」 すぐに濡れて溢れて行く私の方が彼より遥かに早くて。 汚したい。 綺麗な彼をめちゃくちゃにしてしまいたい。 もっといじめてみたい。 「んんんっ」 ドピュッと手の中に出た欲望を見ながら、欲情していた身体は収まっていくのに心は燃えていた。 今まで自分は、どんな不幸が起きても辛いことが起きても傷つかずに済むように感情を消していた。 中途半端な季節にならないように、すぱっと切り替えられるように。 自分を機械のように、スイッチ一つで動けるように。 なのに、彼を見ていると自分にはまだスイッチがあった。 そのスイッチはいつ彼が押すのか分からず、自分には権限がない。 彼への感情はただの欲情だけではない。 心を燃え上がらせる何かを感じた。

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