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四、脅迫したいな。⑤
怒りもせず、焦りもせず、ただ静かに微笑みやがった。
「キスだけは抵抗あったんですが、もう奪われちゃったらしょうがないですよね」
経験が無かったから嫌悪していただけでキスも嫌じゃないらしい。つまんねえの。
キスしたい気持ちが薄れたので、焦らして唇をなぞってみた。
「なんでアンタ、意外と面白いやつなのに吾妻には冷たいの?」
「冷たいでしょうか。彼がどうしても私の感情を逆なでしたそうなのでムキになってるかもしれないです」
誤魔化そうとしたけれど、それは嘘だと分かる。
吾妻から逃げているんだ。
あいつの純粋な根っこの気持ちにこいつは気付いて、逃げている。
でもきっと、さっきのキスみたいに一度許せばあとはずるずると落ちて行くんだろうな。
「貴方は何故、吾妻だったんですか?」
素朴な疑問に、俺も目を丸くする。
「抱きたいわけじゃないよ」
でも温もりが欲しい。できれば、嘘の温もり。
その代り、絶対にその時間だけは俺だけの温もり。
「ただ俺は、俺の触れてほしくない部分を、たまに太陽の下で乾かさないと腐っちゃうから。だから吾妻を抱き締めて眠りたい。それだけ」
「……ふうん。貴方の下半身は何のために付いてるんでしょうね」
「だよねー。やっぱ今、一発やっとく? 舐めて擦って弄ってくれる?」
ガチャガチャとベルトを外していると、タイミング良く玄関のドアが開いた。
「暇? 来てるのか」
「うわ、やべ、兄貴!」
「……兄の家で人を押し倒すとか、良い度胸ですよね」
それを抵抗しないで流されそうになった花渡に言われたくない。
が、慌ててベルトを戻そうとしていたが、花渡に手を掴まれた。
「は?」
「あと数秒」
何を言ってるのか分からず躊躇していると、兄貴が遠慮なしにドアを開けた。
「おい、なにしてんだ」
「うわ」
やられた。
花渡が俺の手を離すと、ソファに身体をくてんと倒す。
乱れて押し倒されて、頬を赤めている花渡と、ベルトを外して押し倒している俺。
ソレを見て、こめかみをピキピキさせる兄貴。
やばい。俺、終わったわ。
「何をしてるんだ」
「暇さんに押し倒されていました」
「うわ、酷い! 合意だったよね、ね、合意だった……」
言い終わらない内に、兄貴のゲンコツが俺の頭に命中した。
「いってぇええええ」
「俺の弟がすまない。大丈夫だったか」
兄貴が自分の上着を花渡にかけると、無表情に頷きやがった。
「いえ。未遂でしたので」
「本当にすまねえ。俺の弟は下半身が緩いと言うか、男なら取りあえず押し倒そうとするやつで」
「兄貴! その言い方酷いから! 俺だって自分よりごついのは仕事以外押し倒さないし」
兄貴が俺をゴミを見るような目で見てくるが、花渡はフフンと鼻で笑ってるのが分かった。
華奢で繊細そうで真面目な花渡と、ゲイ男優、ちゃらい、遊び人っぽい俺ならば身内じゃなくて向こうを信用してしまうのは仕方ない。
仕方ないが、花渡だってのってたのに。
「あのな、花渡は漸く見つかった弁護士だぞ。うちみたいなアダルトグッズ会社の顧問弁護士なんざ、そう簡単に見つかるもんじゃねえんだからな」
「理不尽だ! 誘ったのは花渡だし!」
「……社長、怖いです」
「あーーーーー! それ卑怯だし。自分の容姿を利用しやがって」
兄貴の背中に隠れて、俺に黒い笑顔を浮かべる花渡は間違いねえよ。クソどS野郎だ。
俺が兄貴に怒られてるのを面白がっている。
「お前に押し倒されて、花渡が抵抗できるわけないだろ。っとに猿か」
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