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四、脅迫したいな。⑨

「ルイ君、次の予約いつにする?」 「うーーん」 「俺、一年は単位あんまとんねえから暇なんだよね」 「えっと、もうちょっと、こう、終わる時間までまったりしたいです」 イチャイチャも終え、シャワーの後に慌てて出てきたルイ君は濡れた髪を乾かしながらちょっと不服そうに言う。 時計を見ると、時間まであと20分しか無かった。 でもきっとルイ君にはまだ20分魔法にかかった時間を味わいたいんだ。 「悪い。……だって次回の約束が無いと会えないかとふあんになるじゃん」 俺も慌てて取り繕って後ろから抱き締めた。耳にちゅっと吸いつくと足をばたばたさせて喜んでいた。 ああ。本当にルイ君が恋人だったら良かったのに。 全然満たされないのは、俺がルイ君を心から欲してないから。 なんで俺はそんな茨の道を選んでしまうんだろう。 ジーンズのポケットに入っている携帯に、振動があった。 暇からか。 無いだろうけど花渡からか。 分からないけど20分たつまでは俺は、ルイ君のもの。 20分のイチャイチャタイムは終わって、次の約束をしてお金はその場で受け取らなかった。 ルイ君は完全にデートを楽しみたいタイプの客だから、前払いで社長に渡してある。 俺とは待ち合わせして普通に友達みたいに話ながら、人目がなくなると手を繋いで恋人みたいなスリルを味わう。 暇はぽんっと100マンをテーブルに置いてから服をポイポポイと床に脱ぎ棄てて俺に抱きついて眠る感じ。 どっちがいいのかも分からない。 他の客は、都内の観光案内を頼まれたり、ゲイバーとかクラブに恋人役で付き添ったり。 だから、ルイ君みたいな客は印象深いし、別れた後暫く余韻が残る。 空を見上げたらすっかり真っ黒に染まっていて、吐く息が白く夜空に消えて行った。 余韻が消えないのに見たく無かったけど、渋々携帯を開いて内容を見ると、意外にも花渡からのメールだった。 『ご相談したいことがあります。会えますか?』 内容さえ簡潔で感情も無くて冷たい。 なのにその簡素な文字を指先でなぞると、口づけしたくなった。 甘い余韻のせいだろう。 『大学終わってから迎えに来てくれるならいいけど』 俺もそっけない返信。 けどきっと花渡は俺の文字を指先でなぞったり、頬擦りしたり、口づけしたい衝動には駆られないだろ。 その温度差は埋められないんだろう。 例え、地球の裏側でさえも。 俺なんて、どうでもいい講義の時間、眠りもせず未だにスマホ画面を眺めてるのに。 *** 花渡の返信は止まり、大学に着いてからも俺は携帯の詠唱を眺めていた。 くっそ。俺だけ焦らされて悔しいっての。 馬鹿みたいだなと携帯をカバンに戻そうと動いた時、俺に向けられている視線に気づいた。 ――まじかよ、声かけてみろよ ――えー、俺、ほもじゃねえし。 画面を眺めていた俺の耳に聞こえてきたその言葉に、振り返る。 すると、俺の二個後ろの席の二人組の男子が俺を見て、明らかにやべっと視線を逸らした。 同じ講義だったんだ、って程度で顔も知らない。 俺がバイトで相手してる奴らとは着てる服も雰囲気も全然違う。 安っぽい流行りものの服に身を包んでいる――ってまあ普段は俺もだけど。 「なんか、言った?」 ぐいっと身を乗り出して聞くが、視線は合わせない。 「だっせ。本人に言えないなら、視界にも入らないでね」 「何? どうしたの?」 「吾妻―?」 俺の周りに居た数人がこそこそと耳打ちしてきた。

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