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四、脅迫したいな。⑪
「そうですか。暇さんでも落ち込むことってあるんですね」
「落ち込まない奴が、デートクラブなんか頼まねえよ」
花渡に苛々した。
近づかない距離に苛々した。
そんな花渡を見た瞬間、焦がれる自分に一番苛々した。
「金払ってでも欲を満たしたいって悪いことじゃねえんだって最近思うよ。同性を好きになったって言えない、理解してもらえない、普通と違う自分を埋めたいって気持ち、――最近バイト相手から伝わってくる」
ルイ君や、デートだけで満足する相手。
暇みたいに抱きついたりしない。
性欲じゃなくて、傷ついた心を埋めようと必死なんだ。
自分の気持ちを守ろうとしてる。
「それで、バイト相手にほだされてるのですか?」
「は?」
「……お金をもらっている相手を好きになるなんて、無駄ですよ。報われない」
「別に好きになったなんて言ってねーし。お前、今のどこをそんな風に感じたんだよ」
ハンドルを切りながら、ちらりと花渡が俺を見た。
――やっと、俺を見た。
「私は、あなたみたいに子どもではないので、報酬を貰う関係と恋愛をこじらせないと言ったまでです」
「じいちゃんのこと? 俺の事を自分に重ねてんの?」
俺の言葉に、花渡は一瞬息を飲むように言葉を止めた。
「吾妻さんは聡い人ですね」
肯定にも取れるその発言に俺が傷ついたと同時に、空も傷つき雨が降り出した。
ワイパーで雨を弾く音、車に雨が当たる音。
その音だけが俺達の全てになった。
「雨漏り……」
花渡がまた零す様に言う。
「私の部屋が、雨漏りするんです。ポタポタ、ピトンピトン、嫌な音を立てて床にしみ込んでいくんです」
不貞腐れた俺は窓越しに雨を見る。
それじゃ土御門御殿に到着するころには、花渡の部屋は水浸しなんだろうか。
「屋根が壊れていて、そして更に天井も腐っているのやもしれません。だから貴方に許可を」
「俺がダメって言ったら?」
信号で止まる。
辺りは既に、土御門家の領地。そこらへんのじいさんばあさんに貸してある田んぼが続いている。
俺の領地で、俺が何を発言しようと勝手だ。
「吾妻さんが老朽化をどうでもいいとお思いでしたら、それはそれで仕方ありません」
「その部屋で寝れるの?」
「雨漏りの音は、意外と悪くないのです。この2,3日思いました。丁度暇さんに押し倒された時と同じですね。そのまま腐って壊れても心地よい音の中埋まってしまうのもいいかと」
「――あ?」
つまり、暇に流されて、暇に抱かれてもいいと?
つまり、俺に許可ってそっちか?
俺が許可しないと、老朽化を止めないと。
俺が止めないと、……暇に落ちていくと。
「許可できるわけねえじゃん」
「どちらを?」
クスリと笑われた。
まるで馬鹿にされるかのように。
すっかり花渡の手の上で転がされるように。
俺が老朽化を止めないと、こいつは暇の元に行くと。
俺に今、脅しをかけている。
「……まずは部屋を確認させてもらう」
「もちろん。そのために連れていきますので」
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