35 / 132

四、脅迫したいな。⑬

「……は?」 どっからか分からないけど、暇の声がする。 辺りを見渡しても、古びた本棚、部屋の隅に畳まれた布団、古臭いテーブルのみ。 さらに縁側の端っこは雨漏りするから何も置かれていないのに。 『あれえ? もしもーし?』 また声が聞こえる。声のする方を探すと、今しがた脱いだであろうスーツの上着のポケットが点滅する光を発していた。 「……暇?」 『……れ? 吾妻?』 携帯越しに聞こえてきたのは、紛れもなく暇だった。 花渡は登録していないのか、番号が向きだして表示されている。 『なんで花渡の携帯に吾妻が出てるの? 駄目だよ、人の電話見たりしたら』 「見てない。……けど、ちょっとヤバいかも」 さっきまで張り詰めていた、雨の格子の中で。 暇の声を聞いた瞬間、ホッと安堵した自分がいる。 『どうしたの? 吾妻が携帯勝手に弄って俺に電話したんじゃないの?』 「違う、けど。花渡が風呂掃除に行った。……ヤっちゃうかも。えっち」 口に出してみれば、なんとも現実味のなかったこの状況がぶわっと真実味を帯びて形になった。 この状況は、やばい。 『えー! 一緒に襲おうっていったじゃん! ずるい! ずるい!』 「暇……」 『吾妻が抱かれるなら、花渡は後ろ、空いてるでしょ? 俺その開いてる穴を包み込んであげちゃうぞ』 バカバカしい発言だが、今はこの暇の下品な言葉も救われる。 「……じゃ、じゃあ来る?」 なんで電話が繋がってるのか知らないけど、藁にもすがる気持ちだった。 なのに、後ろから項にぴとりと冷たい何かが当たった。 「ひえ」 「ふうん。年相応の声も出せるんですね」 「花渡っ」 「没収です」 長くて白い指先が携帯を奪う。 無表情だった花渡の目が、雨でどんよりした部屋の中、沸々と燃えるようだ。 「空気を読んでほしいですよね。無言が続くんだったら電話を切るか……気配を消して下されば良かったのに」 電話を切らずに、わざと俺との会話を暇に聞かせるように言う。 「お前っ、今から俺とえっちして、その声を暇に聞かせようとしてたのか?」 まさか。 でもこいつなら。 一瞬何が何だか分からずに戸惑った。 が、ククッと花渡は小さく笑う。 「可哀相で」 「は?」 「今日、何の日か知っていますか?」 ククっと笑いながら、糸真に挑発するように。 「今日が何の日か、分かったら何もしません。でも分からないなら」 御望み通り抱いて差し上げますよ。 『花渡! お前、吾妻を傷つけたら許さねえぞ』 「あれ? お二人とも実はもうセックスしてる仲なんですか? じゃあ尚更面白いですね。暇さんが間に会ってもセーフにしてあげますよ」 携帯の電源は切らないまま、――花渡は俺の肩を強く押す。 スローモーションのように避けられなくて焦って俺の身体は堕ちていく。 『吾妻!』 ぴちょん、とてんとてん。 変な雨音のように、ゆっくり畳に堕ちていく。

ともだちにシェアしよう!