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四、脅迫したいな。⑱

暇さんのその言葉には、吾妻さんは返事をしなかった。 が、大事そうに抱き抱えられて部屋から出てきた二人は、恋人同士のように寄り添っていた。 「じゃ、また。今度は三人でしような」 馬鹿みたいに明るく言いはなつ暇さんは、濡れた髪を揺らし爽やかに笑う。 その暇さんの胸を強く握って震えている吾妻さんは、私の事を見なかった。 何も声をかける言葉が思い浮かばなくて、その背中を見送った。 わざと私の心を乱そうとする悪い子ども。 無邪気で、恐れを知らなくて、自分中心の世界で王様みたいに笑っていた綺麗な少年。 これに懲りて、危なっかしいデートクラブのバイトを止めてくれたらいい。 「兄貴、――なにこれ」 式部が暇さんと入れ替わりに帰ってきたが、嵐のあとの惨劇に驚いていた。 今日は帰らないと言っていたのから、下手をすればあの惨劇を見ていたのは妹だったのかもしれない。 濡れた廊下、荒れた庭、雨漏りする古くて崩れてしまいそうな部屋。 「天罰、ですかね」 「ふうん」 それ以上は追及せずに、両手に持っていた大きな荷物を床に置いた。 「花束は会社に置いてきたよ。ご当主さまったら、生意気にもまた花束なんて用意しやがってさ」 「は?」 「花束。ご当主と、ご当主のご家族名義で一応先代の弁護士だからってうちに届けたみたいだね」 あ、私がそうしろって怒鳴ったのかも。 式部は呑気にそう言うと、荒れた庭を見て首を傾げる? 膝から崩れ落ちそうになった。 てっきり忘れていたのだろうと思っていた。 さっきも聞いてもぽかんとしているだけだったし。 「もしかしたら今日は、私らで故人を偲ばせてやろうって思ったのかもな。親族とは仲最悪だったろ? 唯一お見舞いにきたのだって現当主とそのご家族ぐらいだし――って兄貴?」 足で豪快に襖を開けながら歩く式部が、私の方を見て首を傾げる。 「先代を偲んで落ち込んでるってわけじゃなさそうだな。落ちついたら来いよ。ケーキも先代の好きだったピザも買ってるからさ」 どちらが兄か分からないほどしっかりした発言を残し、式部は先代の仏壇まで向かった。 私は思い違いをしていたのか。 だったらどうして、吾妻さんは答えなかったんだ。 思いだしたら止めてあげますと、俺は警告してあげたのに。 荒らされた庭に目を奪われたのか、私の寝室が荒らされているのには気付かなかった。 「ぎゃー! 兄貴、てめえ! 風呂が溢れてるぞ、ごらーーー!」 「式部……その、すまない。もしかしたら、もう此処には居られないかもしれません。自首してきます」 「は? 兄貴どうした? 大丈夫か?」 水を止めた式部が、濡れたままの足でばたばたと走り寄ってくる。 情けないことに私はずるずると壁を伝って倒れ込みながら頭を押さえた。 「おかしいです、私」 「兄貴は大体いつもクソ真面目でおかしいぞ。たまには酒で馬鹿になった方が良い。飲む?」 焼酎出そうか? 秘蔵の酒出す? 式部の見当違いな励ましは、今の私には余計に胸を抉った。 「その、酷く吾妻さんを傷つけてしまいました」 「……謝れば?」 「謝って済むかどうか……。その、彼の好意を利用した悪質な行為をですね」 「うざっ。いじいじしてねえでさっさと土下座して来いよ。雨の中、一晩中土下座すればゆるしてくれるんじゃ?」 可愛らしい声で、鼻をほじりながら私の妹はなんと男らしいことか。 「うろたえてんじゃんーよ。てめぇがしたことなんだから、てめぇでケツを拭けよ」

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