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覆水盆に返らず。還らず。帰らず。⑤

荒くなった息を整えるオレと花渡は並ぶように倒れた。 暇は膝たちで、自分の右手でバケモノサイズの熱芯を擦りながら笑う。 「ごめんね。殴らないで」 何の事か分からなかったが、その数秒後に熱い何かが顔に落ちてきた。 ポタポタと飛び散ったそれは、オレだけじゃなく。 身動きが取れない花渡の顔にまで掛っていた。 白い液体に濡れる花渡を見て、俺の感情が恋だけではなくドス黒い違った感情で埋め尽くされていくのも感じた。 「……今度は俺ので汚していい?」 「お断りです」 それでも感情を見せない花渡に苦笑しつつ、頬に付いた白い液を舌で舐め取った。 それは苦くて温かくて、今までの世界観をぶっ壊すような痛みに似ていた。 「ふー。一日目はこんなもんか。何日監禁しよっかなー」 くてんと倒れた俺の髪を撫でつつ、暇が笑う。 「シャワー浴びてくるから、二人で今後の予定を話しあいなよ」 ポンポンと頭を撫でて出て行く暇を、目で追っていた花渡は静かに、――それか静かに答えた。 「手の拘束がとれたら、まずはあの人から首を絞めてやりましょうか」 「……」 あの雨の日。 この人を失ってしまうと俺は怖かったんだ。 なのに、関係は歪になってしまったけど、こうして淡々と話せているのはまだ少し俺は安心していた。 氷山の一角が崩れただけで、土御門御殿だって、雨漏りで全て崩れてしまったりしないんだから。 シーツで、顔を拭いてあげると、嫌そうに俺を見た。 露骨に嫌そうな顔をする。そんな表情はしてくれるのに。 「もう拘束を解いて下さい」 「なんで?」 俺が不思議そうに首を傾げたら目を見開いた。 「逃げちゃう相手を捕まえたっていいでしょ? オレ、ご主人様だし」 「呆れます」 「呆れたっていいよ。俺だって土御門御殿での誤解は許してないんだし」 足の指をわらわら動かしながら、拗ねたように唇を尖らせる。 俺がじいさんの命日を忘れていたって言うけれど、それはちょっとだけ誤解だ。 うちの家族が毎年、ちゃんと一日早く何か送ってたのを知らなかったってことは、興味がなかったってことか記憶に残らない、取るに足らないことで、俺はそんな存在であっただけ。 それって、俺に無関心って意味じゃん。 「貴方は、――住む世界が違う人なのに」 はあ、と諦めきったため息の後、花渡は寝返りを打ち、念入りに顔をシーツで拭いていた。 「俺の事、この数年どうでもよさそうだったのって、世界が違うから?」 「……そうですね。地田さまのご親族様は辛辣な言葉を吐く人か冷たい方しかいなかったので、期待せず対応していました。現に貴方のご両親も貴方にまかせっきりでお葬式に来ていませんし」 この人。 ほんと、じいちゃんの事が好きだったんだな。 で、最近まで、いや、もしかしたら今も俺たち親族は敵なのかも。 「お互い裸で、ピロートークにしては硬すぎる内容じゃない?」 「真面目に会話しないのでしたら、話を振らないでください」 まだ何か言いたかったのか不満げに会話を終わらせて俺を見る。 「花渡、好きだよ」 脈絡もなく、振りまわしたい。 前後の会話なんて、俺の純粋で歪な愛の形の前では意味のない文字の羅列。

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