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覆水盆に返らず。還らず。帰らず。⑦

視線を泳がせながらも、心配してくれるルイ君が愛しい。 こんなクソ真面目な性格だから、お金で買った時間の中で良識的なことしかしてこないわけか。 自分は自分の家に、一生時間を買われて、飼われて、自由なんてないのに。 健気で愚かで、可哀相で、愛しい。 「でも、前のギスギスした関係じゃなくなったから、楽なんだよ。お互いの気持ちの裏を読もうとお互いに言葉で駆け引きして、視線で牽制しあって。馬鹿みたい」 「吾妻……」 悲しげな顔のルイ君に、俺はにっこり微笑む。 「混ざる? 四人でしよっか。ルイ君の憧れの暇呼ぶよ?」 「い! えええ!」 「超、巨根」 にやりと笑うと、ルイ君は湯気が出るかと思うぐらい真っ赤になってから俯く。 「……僕はいいよ。これ以上、吾妻にハマったら女性と結婚するとき苦しくなるし。……そろそろ婚約者の為に女性ともデートして慣らしておかないといけないんだ」 胸を押さえて、泣きそうな心を押さえつけてルイ君は首を振る。 可哀相に。そうやって自由を放棄し諦めてきたんだ。 「じゃあ、女性と肌を重ねる前に、記念に四人で会ってみようよ」 「……うーん。遠慮する」 悲しげにルイ君が首を振る。 「だって、吾妻のプライベートには関与したくないし。僕たちはデートの時間の間だけの関係でいた方がいいんだ」 それ以上の関係を望まないのは、――自分に未来がないと分かっているからか。 「あ、えっと、……僕、そこまで自分を悲観的に思ってないよ。確かに女性ではなく、男性を好きになってしまうのは辛いけど、父の仕事は嫌いじゃないし。恋愛か仕事かって言われて、自分で出した結論だよ。だから吾妻の事は好きだし、我儘言っても可愛いなって思えるし、えっちは格好いいけど、でも、これ以上は遠慮するよ」 ずっと俺より頼りないと思っていたルイ君に、そう言われてしまえば、これ以上は何も言えなくなった。 「ふふ。でも好きな人を監禁なんて、吾妻は本当恰好良いね」 「……さっきすげえ反対してたくせになんだよ、それ」 「いや、止めてほしいけど、でも恰好良いよ」 でも、――幸せになりたいなら止めてね、ともう一度釘を刺された。 *** Side:花渡  寝返りを打つと、ジャラっと鎖の音がしてふと目が覚める。 真っ白な天井が見え、横を見るとぼけやながらもサイドテーブルに水と食料が置いてあるのが見えた。 『手は、痛そうだし。でも足固定したら色んな体位できないし』 そんな暇さんの発言のせいで、親指同士を結んでいた拘束は外され、私の首には首輪がつけられ、長い鎖の先は端にある柱に括りつけられている。 眼鏡は奪われたが、テレビや冷蔵庫はある。 本も何冊か置かれているし、大人の玩具は段ボール数個分だ。 トイレも行けるほど首輪の鎖は長い。 そして、なによりも。 「おい、入るぞ。起きてるか」 「――社長」 なによりも、監禁のはずなのに社長が出入りしている辺りが、緊張感も糞もない。 「この書類なんだが、早急に対応してほしいんだが――ぐっすり眠れたか?」 「……眠れたように見えるならば、社長は眼科か小学校にでも行って勉強をやり直すレベルですよ」

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